2012年1月31日火曜日

西日を受けて ロクヨン重連


西日を背景にしたもう一枚の写真。
太陽の位置がもう少し、下のほうがいい。
列車と太陽の位置の関係は、むづかしい。
RAW画像をモノクロに変換し、赤フィルターをかけてみた。
そして調色している。
2012_1_31 焼島貨物の64重連だ。、

2カメでシャッターチャンスを2倍に!


この2枚の写真は、同じ場所でのもの。
2台のカメラで同時に撮影。
EF66の100番台をシルエットとハイキーの2枚。
せっかくのシャッターチャンスなので、
このような2カメでの撮影は、もう当たり前になった。
高崎線新町-倉賀野間。
2012_1_31 今日で1月も終わり。
明日はもう、2月。

2012年1月30日月曜日

157系「伊豆」


急行「伊豆」は2往復あった。
当時の時刻表をみると、12番線に東京着14時35分、東京発は15時20分だったので、この一枚は、この折り返し時間で撮ったのだろう。
下田行きと修善寺行きが併結されていた。
1965_1_2 東京駅

ED428号機


ED428。
ナンバープレートを判読したら、3号機かなと思ったが、
製造所が川崎車両なので、8号機と判断。
ロッドは、はずされている。
撮影年は1965_4 ごろ。
1963_11 には、廃車され、
自宅近くの非常渡り線に留置されていたもの。
このブログでも、何度か紹介しているシーンだ。

2012年1月29日日曜日

これがC6121


ハードディスクにある写真を見直してみました。
見つけましたC6121です。
1967_4_1 平機関区での一枚。
21号機は、復活した20号機の一番あとの機番。
いわば姉妹関係では、妹?
よくSLを男性名詞で表現する人がいますが、
SLは女性でしょう・・・ね。

2012年1月28日土曜日

茶ガマ EF60100番台


EF60126号機。
高崎駅で1964_12 ごろの撮影。
このEF60は、このころ高崎第二機関区に配備されたので、まだピカピカ。
貨物をけん引しているが、旅客列車もけん引していた。
このEF60もあまり撮影していないのは、残念だ。

今ひとつ不満だが・・ギラリ


一週間ぶりのD51。
「DL碓氷」の最後部のD51のギラリをねらった。
でも、ちょうど通過時には雲にかくれ、通過後また日が出てきました。
また、次回挑戦ですね。
なお、SLの運行曜日は、なぜ土曜なのでしょうか。
2012_1_28

冬枯れの竹沢


八高線の竹沢へ。
冬枯れの景色。
キハ110系。
休耕田。
春になれば、もっと色づくだろう。
このあと、雪が舞った。
2012_1_27 1月ももうすぐ終わる。
今、D51の汽笛が聞こえた・・・。

2012年1月26日木曜日

上信電鉄オリジナル6000系


また上信電鉄へ。
今回は、午前中に出撃しました。
榛名山をバックに、というのが狙い。
200ミリに2倍のエクステンダーをつけたので、実質640ミリの望遠。
榛名山塊のうちの一番高そうに見える峰をバックにしました。
本当の最高峰は、もっと左の「掃部ヶ岳(かもんたけ)1449m」だそうだが、
撮影地からは、この峰が一番に見えたのです。
違っているかもしれませんが、「相馬山1411m」かな?
ちょうど上信電鉄オリジナル6000系がやってきました。
2012_1_26 南高崎-根小屋

2012年1月25日水曜日

夕闇迫る 上信電鉄オリジナル1000系


今日も上信電鉄へ。
根小屋駅。
テレビドラマなどにときどきロケが来る駅。
列車ダイヤは、上りのあと10分ほどで下りが来るパターン。
上下列車は、ココより高崎寄りの「佐野信号所」で交換している。
今日の一枚は、夕闇迫る下りの1000系。
上信電鉄オリジナル車両なので運転席は右側。
背景の山は、榛名山。右の山塊は「榛名富士」だ。
2012_1_25 根小屋-佐野信号所(南高崎)

2012年1月24日火曜日

DD51重連のコンテナ貨物


東北本線の御堂-奥中山間も「撮り鉄人生」にとって聖地だった。
創刊されたばかりの「鉄道ファン」で紹介された「奥中山の三重連」を撮りに、弟と二人で出かけたのは、1967_3_28 だった。
その後も何度、詣でたことか・・・(^^。
ねらいは、D51の三重連だったが、これ以外にも多彩であった。
今思うと、「夢のようなラインアップだった」。
この一枚は、DD51の重連貨物。
最後尾にはD51がプッシュしている。

屋代線の車窓から


長野電鉄屋代線の車窓。
昼間なので、お客さんはまばら。
大きな窓からは、果物県長野の風景が流れる・・・。
窓枠を額縁に。
この車窓もあと2ヶ月で見納め。
2012_1_16

上信電鉄独自の「コーラルレッド」色 200形


上信電鉄2日目。
目的は「流し撮り」だったが、これはその前の下り列車をアップで・・・。
注目点は、ボディの色。
上信電鉄独特の「コーラルレッド」色。
(コーラルとは「珊瑚の」という意味だそうだ。)
型番は200形だが、上信電鉄の車両例にならって、運転席は右側(^^。
2012_1_24 南高崎-根小屋間で撮影。

2012年1月23日月曜日

冬の雰囲気 上信電鉄999号


夕方午後4時半すぎ。
上信電鉄「999号」が、根小屋の大カーブを行く。
寒い冬は「ブルー」。
でも、車内はあったかそう(^^。
2012_1_23 一月もあと8日。
そうそう、RMニュースに投稿したら採用されています。
「C6120の代走のニュース」ですけど・・・。

2012年1月22日日曜日

長野電鉄湯田中で「屋代」を見つける


「Rail Magazine 2012-3」が送られてきました。
News Scramble のコーナーに投稿が掲載されたためです。

この号には、長野電鉄の屋代線が取り上げられています。今年の3月末で廃止される線です。
ワタシも、この屋代線に縁のある写真を先日撮ってきました。
この一枚がそれです。
2012_1_16 長野電鉄湯田中駅で見かけたポスターと柱の掲示です。
この写真の電車は、1963年(昭和38年)に信越本線の長野電化で、165系が湯田中まで乗り入れた記念列車。その経路は、信越本線の屋代からの乗り入れです。
柱の掲示も「屋代」方面の文字があります(^^。

両毛線思川のC58211


両毛線の電化を前にして思川へ。
C58211をシルエット気味に撮影。
このカマの当時の所属は「高一」。
本来順光であれば、橋桁の反対側で撮影が必要だった。
でも朝の光をうけたC58がカッコよかった。
1967_2_19 両毛線思川-小山間で撮影。

2012年1月21日土曜日

久々のC61


2012_1_21 は、C6120を撮りに板鼻へ。
板鼻は、群馬八幡-安中間の地名。
パラっと雨も・・・。
昨日の雪も残っていました。
いつものように、下りと上りの2回のチャレンジ。
これは上りの「DL碓氷」の最後尾のC61。
動感を表現するため、流し撮り。

2012年1月20日金曜日

八高線上り最終


22時37分は、上り高崎発八高線の最終。
一人の若者がキハに向かって駈けて行った。
このあと、お隣の2番線には青森行き「あけぼの」が到着。
2012_1_16

2012年1月19日木曜日

D51が黄金色に染まった


チョット古いのですが、2012_1_9 の撮影。
「ギラリ」です。
真っ黒なD51が、黄金色に染まりました。
最初からこのギラリをねらって撮りました。
「流して撮ったもの」もありますが、これは高速シャッターで捉えた一枚。

野辺地で発車を待つキハ


2012_1_18 は、まぐろの一本釣りの大間から自宅へ。
大湊線から青い森鉄道への乗換駅、「野辺地」で一鉄。
キハ110系の単行が、発車を待っていた。
夏だったら、「横浜」辺りの海岸線を走る姿が撮りたかったが・・・。
この時期、そうはいかない。

あけぼの牽引のロクヨン


2012_1_16 の夜は、「あけぼの」で青森へ。
いつも?の運休でなく、遅れもわずかで、無事青森駅に到着。
「八甲田丸」の近くへ行き、連絡船に再会(^^。
その後は、「リゾートあすなろ」で、下北の尻屋崎近くで「寒立馬」を間近に。
そこで、今日の一枚は、高崎駅進入の「あけぼの」を牽くEF64。

2012年1月16日月曜日

廃止まで2ヶ月半の屋代線を訪ねる


2012_1_16 は、長野電鉄へ。
須坂を中継点として、まずは湯田中へ。
とってかえして、屋代へ。
須坂では、駅撮りの他、チョット駅構外でも撮影。
屋代線は、今春4月1日には廃止となるので、須坂駅のチラシコーナーには、代替バスのことがチラシに載っていた。
そうそう、屋代線では、「運転席後ろ付近での撮影は禁止」の張り紙がありました。

今日の一枚は、屋代駅で発車を待つ長電3500系。
もとは、営団地下鉄の車両だそうだ。
昼間だったせいか、お客さんはごくわずかでした(^^。
今晩、「あけぼの」に乗車して明日は青森です・・・。

2012年1月15日日曜日

平泉で撮った701系


平泉に行ってきました。
中尊寺と毛通寺の二つを訪問。
そのあと、帰りの平泉駅での一枚がコレ。
交流の通勤車両、701系。
ロングシートで、ワンマン対応の2両編成でした。
交流なので、高崎ではお目にかかれない珍しい型。
明日は、この春廃止になる長野電鉄の屋代線に行きます。
2012_1_15 東北本線平泉駅に進入する701系。

2012年1月14日土曜日

納得の一枚


今日の一枚は、一週間ぶりの群馬八幡-安中間での撮影。
風は冷たいものの、今日も晴れ。
もう一ヶ月も雨は降らない。
まずは「SL碓氷」を・・・・。
少し後追い気味の一枚を選んだ。
スローシャッターなので、動輪や主連棒、煙などに動きが感じられる。
納得の一枚(^^。
明日は、東北平泉に・・・行きます。
2012_1_14 10時50分過ぎに撮影。

2012年1月13日金曜日

ハチロクの三重連


まさに撮り鉄人生だ(^^。
この一枚は、1969_1_18 花輪線の竜ケ森で撮影したもの。
実に、43年前の冬。
ココ花輪線には、ハチロクの三重連が走っていた。
前だけの3重連のほか、この写真のように、前とあと2両の三重連もあった。
33パーミルの勾配なので、乗務員さんたちは大変だったと思う。
画面手前の右の線路を通過するのだが、
今にも止まってしまうスローな走りで、今のデジ一の連写だったら、もう止め処も無く連写ができただろう。
当時でも、手動巻上げのレバーであったが、15コマくらいは余裕であった(でも、フィルムが貴重だったので、10コマ程度しか撮らなかった)。
オーバーだが、わが撮り鉄の悦楽は、ここ竜ケ森にあったと思う。

スローシャッターで動感表現


今取り組んでいるテーマは、「動感」。
その表現の一つが流し撮り。
2012_1_9 撮影の下り、「SL新春碓氷」もその挑戦。
1/15のスローシャッターによる動輪の回転、流れる煙。
・・・同じデーマで、また明日、挑戦!。

2012年1月12日木曜日

EF66100番台をシルエットで・・・


ある鉄道写真の教科書?に「シルエット」写真の例がある。
基本は、背景がきちっと抜けていること。
ボディは、うっすら分かるようでなく、真っ黒なこと。
足回りは抜けていて、鉄道車両であることがわかること。
つまり単なる箱に見えないこと・・・。

うまく撮れたかな?
2012_1_12 高崎線で夕方4時前に撮影。
でも、この構図、以前のものと同じですね。

2012年1月10日火曜日

解体を待つ7両のED42


1965_2 雪の降った日。
自宅のすぐ西。
1963_10 廃車になった碓氷線アプト式のED42が留置されていた。
解体を待つ日々をここですごしていたのだ。
画面右は、我が家の田んぼ(^^。
碓氷線では、その後EF63も消えている・・・。

2012年1月9日月曜日

厳冬期の「ニセコ」の車内から


1970_2_6 は、函館発札幌行きの「ニセコ」の車内にいた。
函館からの牽引機はC6232。
この一枚は、走行中の車内からの一枚。
テンダーのナンバーが32号機のあかし。
C62牽引の「ニセコ」を撮影に何度か厳冬期の北海道に行っているが、このときは、就職直前の旅だった。

DD51842のギラリ


「DL新春碓氷」撮影3日目。
毎日午前午後の2回も群馬八幡へ。
いよいよ、今日が最終。
昨日、ギラリが出る場所を確認。
今日はネライを定めて、DD51842の「ギラリ」を一鉄。
ピカピカボディに・・・なった(^^.

2012_1_9 信越線群馬八幡-安中間。

2012年1月8日日曜日

後尾に付いているD51498


またまた群馬八幡へ。
午前午後の2回も。
バイクや軽トラで15分ほどの時間・・・。
撮ったのは午前の「SL新春碓氷」と午後の「DL新春碓氷」の2本。
この一枚は「DL新春碓氷」の後尾に付いているD51。
撮影時の午後4時は、すでに夕方の趣。
DD51に牽引されているので、D51の乗務員さんは余裕の感じでした(^^。

2012_1_8

2012年1月7日土曜日

ちょうど47年前 東京駅を発車する0系新幹線


0系新幹線が東京駅を発車する。
後追い。
東海道新幹線は、前年の10月1日に開通したが、12両編成だったのだろう。
ホームの延伸工事がおこなわれている。
1965_1_2 東京駅で撮影。
実に47年前の一枚だ(^^。

ファンの肩越ショット D51


群馬八幡へ。
「SL新春碓氷」を撮影。
北風に吹かれています。
カメラは3台のうちの一台で撮ったもの。
ファンの肩越しのショット。
2012_1_7
そうそう、「RM EX 010」のD51 498(撮り鉄グランプリ)に応募しましたが、落選でした。
結構いい写真だったので、すごく落胆してます ~_~!
でも、これにめげず、またがんばります。
あっ、他の2台のカメラは、下の「動画」の場所で撮影しています。

好きな構図で231系を


2012_1_6 は、いつもの築堤へ。
西日を背景に午後3時過ぎから撮影。
本命はEF64重連。
コレはその前の、231系近郊型。
まったく真横でなく、正面が少し見える構図で、太陽とからめる(^_^。
正面がギラリと輝いている。
高崎線新町-倉賀野間。

2012年1月5日木曜日

タカバシ下で撮った急行「佐渡」


地元では「タカバシ」と呼んでいる場所。
旧17号が高崎線を跨いでいるところ。
高崎線の上下線、高崎第二機関区への回送線の3線が通っている。
下り線には急行「佐渡」、上り線には八高線のDCが写っている。
この辺は、ワタシにとっての「お立ち台」だった。
1967_2_4 雪の日。

2012年1月4日水曜日

この下がダム本体の場所


再び「見晴らし台」からの俯瞰。
今年も「八ツ場」がますます注目される。
ダム本体の建設で、八ツ場は大きく変わる。
八ツ場の今を心に焼き付けるため、また八ツ場通いの一年になる(^^。
今日の一枚は、2008_10_29 撮影の吾妻渓谷。
画面手前がその、ダム本体の建設場所。
画面左には、滝見橋と白糸の滝。
画面真ん中奥には、川原湯温泉駅などが・・・。
撮影は、3年前だ。
なお、吾妻渓谷のハイキングルートは一部冬季閉鎖になっているようだ。

2012年1月3日火曜日

大胡で上電 700系


上毛電気鉄道の「新春イベント 2012」へ。
大胡まで45分もかかった。
バイクで・・・。
大胡の電車庫わきを上電が通っている。
流しで一枚。
コレは元京王電鉄井の頭線の3000系で、上電では700系だそうだ。
2012_1_3

C58貨物 こんなにもすっきりしていた時代


最近はココ高崎車両センター高崎支所付近で「撮り鉄」を良く見かける(^^。
でも、1966_3 のころは、ほとんど見かけることはなかった。
今と違って、こんなにもすっきりしていたのですね。
でも残念ながら、傑作はほとんど残っていない。
この一枚、被写体ぶれで、C58の機番は判読不良だ。
八高線の貨物だろうか。
左奥には、日本製粉の木造工場が見える。
高崎線 倉賀野-高崎間で撮影。

2012年1月2日月曜日

初撮りは「やまどり」


初撮りは、「やまどり」新春初笑い号。
高崎駅東の陸橋で。
2012_1_2 朝 8時。