2015年10月31日土曜日

快速 〈SL YOGISHA みなかみ〉

2015_10_31 朝、タンのようなものがのどに絡まり、声が出ない状況。
いつもの、内科へ9時前には到着。
薬を処方してもらい、帰宅。
その後、高崎駅南へ。

夕方、午後4時30分過ぎにいつもの高崎駅北へ。
いつものお立ち台、ラッキーなことに、だれもいません。
今回、4時53分発なので、レンズは40ミリF2.8を持参。
さすが、このレンズ、遠方は引き寄せられないので、このカットはトリミングで広さを表現。
煙はいつもと違っていい感じ、でした。
本来、夜汽車なので、もっと暗いほうがいいのだが・・・。
でも撮影後、10分で「夜」になりました。

高崎鉄道ふれあいデー

2015_10_31 は、「高崎鉄道ふれあいデー」。
一列に勢ぞろいした機関車の一部。
DD51842とEF8181。
本来の「お召」であれば、旗竿の交点には「菊」の紋だろう。
ここでは、「JR」の紋(マーク)。
D51498は、「いろんな角度で撮り放題」との触れ込みだった。 

高崎駅南部の留置線で撮影。

2015年10月30日金曜日

「やまなみ」 クロ485

485系の改造車、「やまなみ」編成。
2M2Tの4両編成で、
上野方からクロ484-6-モロ484-10-モロ485-8-クロ485-4。
これは、高崎方のクロ485-4。 
2010_2_14 高崎操車場わきで撮影。
明日 2015_10_31は、高崎鉄道ふれあいデーに行きます。

2015年10月27日火曜日

高崎操車場基盤整備中

アーカイブズの一枚。
1993_8_6 撮影。
高崎線の陸橋からの俯瞰。
右には、今の高崎機関区が写っている。
国鉄色の65や60の姿が見える。
やってきたのは、八高線のキハ。
たらこ色でなく、こんな塗り分けも走っていたのですね。
今の、高崎線の下り線もずっと左側を走っていました。

2015年10月25日日曜日

碓氷線を行く長野色115系

1995_8 の撮影。
碓氷線の廃止を2年後に控え、通い詰めた。
66.7パーミルの急坂をやってきたのは、長野色115系。
見慣れた湘南色とちがって、珍しかった。

Rail Magazine 387号(12月号)に掲載

2015_10_17 土曜日。
カシオペアクルーズを撮影に高崎駅北へ。
そのとき、まず、やってきたのが回送の211系5連。
高崎線では、もう見かけなくなった211系も、ここ両毛線では
まだ「現役」なのですね。
先頭は、霜取りパンタの付いたA37編成でした。

そう、レイルマガジンの12月号が届きました。
143ページに投稿したニュース写真と短文が、2つ掲載されています。

2015年10月20日火曜日

高崎第一機関区の扇形庫

1968_9_1 には、高崎第一機関区へ。
今ではこういった撮影や見学も不可能になったが、
当時は比較的簡単だった。
扇形庫には、頭から突っ込む庫と、
お尻からの庫があった。

ここは、前者の頭からの庫だった。
4輌のカマの手前は、9600だろう。
あと3輌は、C58のようだ。

2015年10月18日日曜日

151系「こだま」

撮り鉄人生の中で、この一枚は古いほう。
1962_8_17 撮影の151系「こだま」。
東京駅での駅撮り。
このころ、「富士」も151系だった。 
53年も前の一枚でした。

2015年10月16日金曜日

旧高崎駅舎と上越新幹線の工事

1980_8 ごろの高崎駅と上越新幹線の工事。
駅西口のビルからの撮影。
どんなビルかは、覚えていない。
時刻は16時51分を指している。
ホームには乗客があふれている。
これ以後、駅周辺は、大きく変わった。

玉電と郷土の資料館


2015_10_15 は、東京へ。
行った先は、
東急田園都市線の二子玉川の私設の「玉電と郷土の歴史館」へ。
蕎麦屋さんが玉電の砧線の資料を展示保存していました。

この一枚、倉賀野での115系新潟車N13編成の大宮入場回送。
L99編成を分割し、N13編成を挟んでいます。

2015年10月12日月曜日

EF6019 2灯のこんな塗装の時代もあった

右から2輌目のEF6019には、こんな塗装があった。
1988_3 ごろの現在の高崎機関区で撮影。
右にはEF551。そして、今は碓氷鉄道文化むらに送られたDD511、
EF53、EF58も・・・。

D51498 「SL 駒子号」を牽引

蒸機と電機の重連「SL 駒子号」、高崎を発車。
2005_1 の撮影らしい。
というのは、この一枚、KODAKのCDに焼いてあるのを発見。
でも、撮影日時が記録されていないのです。
現像は2005年の8月ですが、
1月に撮ってしばらく?現像をしなかったようです。
ネットで調べたら、2005_1_29と30日に運転されている。
撮影日は、このどちらか・・・。
D51498は、高崎~水上間で、後、
越後湯沢にはEF641001が引き継いでいた。
川端の「雪国」をイメージした列車名でした。

2015年10月11日日曜日

後追い撮影でロクヨン1052


2015_10_11 は、2つのネタ。
その一つがコレ。
「EL信越線130周年記念号」。
回送を含め、この列車は、ここ高崎・倉賀野間では、上尾まで2往復している。
そのうちの夕方の帰りの上尾行き。
この列車の牽引機は、EF6019だが、
上尾からの折り返しの際、先頭になるのがこのEF641052。
そのため、この一コマは後追い撮影です。

2015年10月9日金曜日

1996年の秋 ロクサン

わが故郷は、「鉄」に縁のある土地。
その一つが、コレ。
碓氷線。
アプト廃止から粘着運転開始、そして廃止。
何度も通ったが、これという一枚は撮れなかった。
1996年の秋、ロクサンを捕獲。
碓氷線の上り「あさま」をロクサンが牽引、制動役。
印象深い「撮り鉄」の人生だった。
この撮影の線路は、今や線路内にも
大きくなった木が林立し、まさに廃線跡になっている。

D51+C58重連

1995_1_16には、こんなものを捕獲。
D51+C58重連の高崎発車シーンだ。
20年前だが、つい最近のように思える一枚。
このころは、お正月を中心にこのような「重連運転」が走った。

E491系総合検測車

E491系を捕捉。
高崎線を上野まで、検測していくらしい。
沖電気前のいつものお立ち台。
昨日の強風もなく、暑いぐらいの天気。
バイクで駆けっても、すこしも寒くない気候でした。

2015年10月7日水曜日

EF60126号機

最近高崎車両センターのEF6019号機が人気を集めている。
この一枚、1964_11 ごろの撮影。
EF60126号機が暖房車ヌを次位に牽引している。
高崎を発車し、上野に向かうのだろう。
この100番台のロクマル。
外形は、のちのEF65と同じだが、茶色塗装だった。
撮影地は、現在の高崎機関区わきだ。

E233系N29編成の配給

2015_10_7 の昼過ぎ、
新津で製造されたE233系8000番台6輌の配給輸送を捕獲。
場所はいつものお立ち台の沖電気まえ。
N29編成とのことで、この輸送も相当繰り返されたはず。
製造元の越後石山~国府津までの配給で、
牽引機はEF641032号機であった。

初心者編成?

2015_10_7 は、EF6019+オヤ121を「捕獲」に藤岡へ。
この2輌編成の電機と客車の組み合わせは、
鉄道模型を始めたばかりの初心者が、
最初に(鉄道模型を)買う「編成」と同じだそうだ?
そこでここは、模型っぽく撮るため、シルエット風に・・・。
機関士のシルエットもいい感じ。
高崎線新町・高崎間で撮影。

2015年10月4日日曜日

D51三重連

同時発車も良いけれど、「D51三重連」も良かった。
東北本線厨川ー滝沢間で、1968_5_5の撮影。
すでに、この区間は付替え新線に代わっているので、
真新しい軌道を三重連は北をめざして行った。
手前の本務機の所属は「尻」、尻内機関区だ。

2015年10月3日土曜日

川原湯温泉1周年記念号

2015_10_03 も、八ッ場へ。
今回は、「川原湯温泉1周年記念号」の撮影が目的。
川原湯温泉駅の上り方からの一枚です。
架線や電化柱がけっこう目障りですね。
編成は、高崎方からDD51895+12系5輌+DD51842
先日は、駅北での撮影でしたが・・・。
なお、午前は孫の運動会の応援でした。

2015年10月2日金曜日

旧吾妻線が「ベルトコンベア」に変わっていた

2015_9_29 には、久々の「八ッ場」を訪問。
最近の変化の一つが、コレ。
不動大橋下の旧吾妻線の線路の上に、こんなものが載っていました。
骨材を運搬するベルトコンベアの架台。
ダムに必要な、骨材はダンプで運搬しないで、ベルトに載せて運搬するという。
時速は、8キロから16キロほどで、全長は約10キロだそうだ。
コンベアの完成は、来年の春。


2015年10月1日木曜日

C58363

2015_10_1 の夜、8時過ぎ。
高崎車両センターの中を通る「和田多中踏切」へ。
C58363が佇んでいました。
小雨の中、一鉄したのがコレ。
110系のDCと並んでいました。
今晩遅く、明日の未明に児玉に向かいます。
雨が降っていなければ、いろいろなアングルで撮影できましたが・・・。