2017年5月25日木曜日

世代交代の時 107系あとわずか?

高崎地区の通勤電車、107系があと4編成ほどに激減したらしい?
運用が確認できたのはこのR16+R15の2編成、4両で、
昨日2017_5_24の457M桐生行で運用に就いていました。
たくさん走っていたこの形式も、「あっ」という間に居なくなっていく。

代わりに目立つのはリニューアルした211系。
世代交代の時。

2017年5月23日火曜日

ガルウイング

2017_5_23 は、上越線の八木原~渋川間へ。
目的は、山手線用E235系04編成の新車の配給と651系草津号。
まずやってきたのが、E235系。EF64に牽かれてやって来ました。
正面から連写したあと、振り返り、後追い撮影をしたのがコレ。▼


こんなことでもなければ、上越線は走らないので、貴重な一枚です。
*
この通過後、数分でやってきたのが、コレ▼。

651系草津2号です。
撮影時には気付かなかったのですが・・・・。
運転席の左の側窓が「開放」していました。
下から上に跳ね上げる窓ガラスのようですが、折からの「猛暑」のせいか、ここちよい「上州の風」を引き入れたのでしょう。
パッと目には、「ガルウイング(カモメのつばさ)」に見えませんか?

2017年5月22日月曜日

蒸気機関車の表情を捉えた一枚

1968_7_11には、尻内機関区を訪問した。
ここは、東北本線の盛岡以北の機関区として、十三本木峠越えのD51の基地だった。
訪問したのは、めずらしく?一回だけ。
このときの撮影したコマを見ると、形式写真ポイのはわずかで、ほとんどが部分的なアップばかり。
このころから、「鉄道写真」のなんたるかを探求していたらしい。
▼庫内に憩うD51の煙突部とその煙を集煙排出する庫の煙突部のアップを捉え、
蒸気機関車の表情をとらえた一枚になった。

2017年5月21日日曜日

EH200のシルエット

2017_5_20 に「Rail Magazine 7月号」が届きました。
今号の特集は「貨物列車2017」。
こちら、当地で日頃接する貨物関連の記事と重ね合わせ興味深く読みました。
* 
この一枚、高崎線の新町~倉賀野間でのEH200のシルエット。
2017_5_20に連写で撮ったうちの一枚です。▼


どのコマがいいか、「RAW現像」をしながら選択しました。

2017年5月19日金曜日

「わが国鉄時代Vol.18」発売

2017_5_19 に2つの雑誌が届きました。

1つめは、「鉄道ファン7月号」、2つ目は「わが国鉄時代Vol.18」です。
「鉄道ファン」には、「RAILNEWS」のところに名前が、
「わが国鉄時代」には、C58やD52など数枚の投稿写真が掲載されていました。
*
今日の一枚は、昨日見かけたDE10とD51の重連のもの。
DE101705とD51498が高崎車両センター高崎支所に高崎駅から帰る場面です。
本来、D51一両でバック運転をして帰ればいいのでしょうが、DE10が駅まで迎えに行き、重連でやって来ました。



2017年5月18日木曜日

「四季島」と新幹線30年のポスター

1週間ぶりの「撮り鉄」。 めざすのは、「E001形四季島」。
 このところ、「お立ち台」になった高崎アリーナ脇。
 5月4日以来、2回目の撮影だ。 前回に比べ、▲ここでの撮影者は2人だけでした。
 帰りに、高崎駅のペデストリアンデッキで撮ったのがこの一枚▼。 JR東日本の新幹線の開業30年のポスターだろう。 東北上越新幹線200系を左に、右には東北新幹線E5系を配置したのもの。 ガラスに写りこんだビルや人物が写ってしまったが、いい一枚だ。撮影者はだれだろうか?

2017年5月16日火曜日

大宮機関区の9600

1968_6_13 の撮影。
大宮機関区の9600形。
すこし、傾いているが原画はもっと傾いている。
当時は、川越線との掛け持ちで撮影に出かけていた。
画面右に電機が写っている。
EF12だろうか?
49年前の一枚。 デフなしの9600は珍しい。

2017年5月13日土曜日

115系と211系との離合

2017_5_12 は、信越本線群馬八幡~安中間へ。
目的は、安中貨物と115系。
特に、下りの115系はここで上りの211系と「離合」します。
でも、両方の「面(かお)」が柱などにかからない位置での一枚がむずかしい。
16時51分過ぎ、2つの列車が出合い、離れました。
画面右が145M、左が150M。
なお安中貨物はこの離合のあとやって来ました。

2017年5月11日木曜日

1967年5月14日のハチロク

朝から農作業。
といっても、家庭菜園の域をでませんが?
でも、300坪以上の田畑を耕作してますから、職業は「農業」です。
この業として困った問題が生じています。
鳥獣の被害のことです。
一昨日にせっかく移植したラッカセイの苗が、食い荒らされたのです。
鳥なのか、獣なのかはわかりませんが、足跡からは獣のようです。
近くの人の情報で、タヌキのつがいを見た、との話も聞いていますので・・・。
*
1967_5_14 は、花輪線の「龍ケ森」へ行っています。
天気は曇りか、雨のようでした。
でも、ピントの甘い写真だらけで、残念な結果ですが、スキャナーのせいかもしれません。
龍ケ森の向こう側、赤坂田方面での撮影で、サミット、龍ケ森からの下り列車でしょう。
そのためハチロクは絶気で下っています。

2017年5月10日水曜日

メモの大切さ 181系「あさま」 

1966年秋から1967年の冬という、あいまいな撮影日。
上りの181系「あさま」が妙義山を背景に走る。
信越本線の磯部か松井田か、場所が特定できない。
ネガケースのメモの大切さが、わかる一枚だ。
50年前のことでも、メモさえあれば・・・。

2017年5月9日火曜日

三枚窓の湘南電車

何日か前から今日(2017_5_9)にかけて、「107系廃車回送」のフェイク(偽)ニュースが拡散していた。
偽の写真を掲載したり、偽の運行情報を流していたようだ。

*
115系の湘南色が今、注目されているが、これは1962_6_10 撮影の高崎駅で
「5」番線ホーム。
80系の三枚窓のクハ86で▼

このあと、二枚窓のいわゆる「湘南形」の先頭部のデザインが鉄道車両に流行した。
EF58なども、このデザインだそうだ。




2017年5月6日土曜日

高一のD51 745

1968_5_25 には、高崎第一機関区(高一)を訪問。
D51745が蒸気を吹きだしていた。
その迫力に圧倒され何コマも撮った。
現在この跡地は、新幹線の下になっている。
49年前、半世紀前の一枚だ。


2017年5月5日金曜日

上信電鉄「2017 ファンタジー号」  

2017_5_5 は、上信電鉄の「2017 ファンタジー号」を
往復とも撮影。
特に、復路は高崎アリーナ脇で
アリーナとからめて、デキけん引の「ファンタジー号」を撮影したあと、
この一枚。▼
二つのパンタと牽引されているデハを望遠で圧縮しました。
上信高崎駅に入線する前の一コマです。

2017年5月4日木曜日

「E001形」デビュー  高崎ではD51の汽笛で歓迎

2017_5_4 は、「E001形 TRAIN  SUITE 四季島」の撮影。
朝からわくわく。
結果は、今までここで何回か「練習」をしていたので、「こんなところ」かな。
16:9のハイビジョンサイズのカットと1:1のスクエアサイズにまとめられた。
コレはその一つ、1:1サイズ。
ここの場合、通常の3:2サイズでは、撮影はむずかしい?
15時40分過ぎ、折から到着していた「SL碓氷」牽引のD51の歓迎の?長い汽笛が鳴り響いたあと、やって来ました「E001形 四季島」の登場です。
▼この写真の撮影後(時)、
運転室の乗務員さんが手を振ってくれました。
なお、この車輛の呼び名ですが、「鉄道ファン」や「RM」誌では、「E001形」であって、「E001系」ではないようだ。


2017年5月3日水曜日

200mmに2倍のEXを付けて

高崎アリーナ脇で651系「草津32号」を撮影。
構図で悩んだ末の結論が、
200mmレンズに2倍のエクステンダーを付けての撮影だった。
昨日は、300mmを付けての撮影だったが、今日はもっと倍率を上げたわけです。
本番は、あすのE001形「四季島」。
2017_5_3 撮影▼
7両編成では、最後尾が電柱に隠れましたが・・・
10両ではもっと隠れますね。


2017年5月2日火曜日

D51重連発車待ち

「ヨンサントウ」のダイヤ改正を控えた
東北本線沼宮内(ぬまくない)駅北方の青森方。
1968_5_5 のことであった。
ココから奥中山の十三本木峠をめざし、貨物列車はD51重連だ。
列車によっては、さらに後部に補助機関車が付く。
この秋のダイヤ改正のため、線路の増設もおこなわれているので、
撮影的にはちょっと不満だが、
架線もまだなく、うまく撮ればいいカットも得られる状況だった。



2017年5月1日月曜日

山手線用新車 E235系03編成配給

2017_5_1 は、「E235系03編成」の新津からの配給があるので、
昼からの雨が心配だった。
でも、13時30分過ぎには、小雨になり、明るくなったので、いつもの「お立ち台」へ・・・。
1番乗りで、ほかには誰もいませんでした。
でも、その後2人が加わり、雨もやみ晴れてきました。
14時9分過ぎ、やって来ました。
新津で製作された新車です。
「山手線」の電車がここを通過するのは珍しいことですが、
これから来年の春まで、何回もこの配給は繰り返されるそうです。
▼写真の左の車両は、「E231系」が高崎車両センター高崎支所から、
高崎駅構内へ入線するところです。
E235系は、EF64に牽引されていますので、コレは後追いの写真です。






2017年4月30日日曜日

車庫入れを見学しました

2017_4_30の午後、「DL・SL碓氷」の車庫入れを見学。
高崎駅南の電留線に12系客車を留置する様子です。
上り方からD51498+12系客車5輌+DD51895の編成の内、12系を電留線に押し込むのです。
高崎駅に停車した後、DD51を解放し、D51が12系をポイントを目安に引っぱり上げます。
その後ポイントを転換し、D51の推進運転で12系を押し込みます。
12系を解放後、D51が単機で少し離れた高崎車両センター高崎支所に向かいます。
最後に、高崎駅からDD51がやって来て、高崎車両センター高崎支所に向かいます。
この一枚です。▼

写真右に211系の姿が写っています。これは、まだリニューアル前の車体で、
後日、整備されるのでしょう。

新駅は、まだ

わが町に「新駅」設置計画がある。
高崎操車場跡地再開発によるもので、この写真の周辺となっている。
▼八高線の「80周年記念」塗装のキハ112と111のコンビが通過している。
左の建物は、ラスクの「ハラダ」の工場。2017_4_30撮影。

新駅の設置は、いつまで待っても実現されないまま。
一方、両毛線の富田~足利間の新駅は実現するようだが、こちらは一向に見えてこない。
上信電鉄の小さな「佐野のわたし」駅は、比較的実現が早かったようだが・・・。

2017年4月29日土曜日

「後部」を強くアッピール

2017_4_28 付けの「RM 今日の一枚」を見ると、
4月27日に撮影し、投稿した上信電鉄の一枚は、不採用でした。
最近投稿写真のレベルが上がったので、採用は結構難しくなりました。
鉄道写真界にとっては、いいことなのでしょう。
*
2017_4_28 撮影のこの一枚は、「DL・SL YOGISHA」のホームへの送り込みです。
この列車の横川方にはDD51895が牽引しています。
そして、こちら側にくっ付いている?のが、帰りの「SL YOGISHA」用のD51498。
ひときわ目立つのが、「後部反射板」です。
夜間走行だし、通例、こっち向きに走るのが当たり前なので、
こちらは「後部ですよ!」と強くアッピールしているのですね。



2017年4月27日木曜日

上信150形

2017_4_27 は、午後、上信沿線へ。
といっても、いつもの佐野のわたし~根小屋~高崎商科大学前 間でした。
この一枚、上信150形で、クモハ 155と156のペア。
新しく堤防が整備されたことから、6月の水鏡の撮影が楽しみな場所です。
そう、今日撮ったある☆一枚を「RM今日の一枚」に投稿しました。
はたして、採用されるか?な!

2017年4月26日水曜日

少なくなった115系 

「鉄道ファン」6月号に、
今春3月のJRダイヤ改正に際しての車両のうごきが載っていました。
それによると、高崎地区では、211系60輌の運用投入があり、
107系10輌、115系42輌の運用離脱があり、とくに115系は残り27輌となるようです。
*
この一枚は、その115系の残りの3輌ということで、吾妻線からやってきて、車両センターに車庫入りをするところです。2017_4_26 高崎アリーナ脇で撮影。



2017年4月25日火曜日

WRC60周年記念号

ちょっと前の一枚。
2012_12_9 撮影の「早稲田大学鉄道研究会60周年記念号」。
渋川~敷島間で撮影。
ヘッドマークの「WRC」は、早稲田大学の鉄研の略称。




2017年4月24日月曜日

自宅2階から 2

1967_5 ごろの一枚。
八高線向けだろうか、C58+D51が牽引する貨物列車が通過している。
本務機のD51のほうは、木々に隠れているが・・・。
居ながらにして「撮り鉄」ができたのです。
杉の木やシュロもなつかしい。
*
Rail Magazineの6月号、405号が送られてきました。
今回は、「交流電機の30年」に際しての一枚で、
常磐線の平駅でのED75とC62の2ショットで24ページ目に掲載された。
昭和42年、1967年の撮影だった。
C62のさよなら運転と、ED75が走り始める「歴史的」瞬間を収めたものです。

2017年4月22日土曜日

自宅2階から

1967_4_30 ごろの一枚。
自宅2階からの高崎操車場の入れ替えを撮ったもの。
このときはD51だが、9600も使用されていた。
ガッタンゴットンと行ったり来たりして、騒音としか聞こえなかった。
その後、無煙化され機関車はDE11に変わったが、
1984年2月のダイヤ改正でヤード方式の高崎操車場は廃止された。
この画面、ピントの甘い「夢」のなかの画像のようだ・・・。
遠くには、消防団の火の見や長いVHFのTVアンテナが見える。


2017年4月21日金曜日

「真四角」のカット

この一枚、2017_4_20 撮影の651系草津号。着目点は、「真四角」のトリミングです。
朝日新聞に出ていたのですが、この「真四角」が最近の流行のようです。
列車の編成輌数やカーブから見て、いいカットだと思います。
なお、この撮影地、当地の撮り鉄にとって、人気の「聖地(お立ち台)」になる予感がします。


2017年4月20日木曜日

D51 498、DE11に牽引されて・・・

2017_4_20 は、いつもは聞こえないSLの「汽笛」が・・・。
新しいお立ち台の高崎アリーナ周辺に行ってみました。
・・・やって来ました→DE11に牽引されたD51498です。
駅の北の方向からやってきたのですが、どこで何をしていたのは不明です。
*
そう、そう、鉄道趣味誌「鉄道ファン6月号」が届きました。
今回は、「3月4日のダイヤ改正にともなう、JR東日本の車両の動き」に注目しました。

毎号、読み応えのあるいい本ですね。

2017年4月19日水曜日

後部補機

「特定保健指導」を受けている。
その保健指導の一つの目安として、
万歩計の数値があるが、昨日(2017_4_18)出かけた際に、紛失してしまったのです。
そこで、交番に紛失届を出し、見つかることを願いましたが・・・・。
*
1968_5_5 は、東北本線の沼宮内に行っていました。
この年、昭和43年の秋、東北本線の盛岡以北が電化し、
蒸気機関車は、廃止されるということです。
この一枚、その沼宮内を発車したD51の後部補機のようすで、
この列車の盛岡方には、D51の重連がこのコンテナ貨車を牽引していました。
なんと、この貨物列車は、3輌のD51で引っぱったり、押したりしていたのです。




2017年4月17日月曜日

E235系を撮らず「水仙の里」へ・・・

2017_4_17 午後は、東吾妻町「水仙の里」へ・・・。
2度目の訪問でしたが、サクラと水仙の同時開花が見られました。
桜もまだ散らず、水仙も満開?でした。
今日は、E235系の新津配給があったのですが、パスしました。
今回のは、第2編成らしいので、これからもつぎつぎと撮影チャンスはあるはずとみました。


2017年4月16日日曜日

妙義山麓を行く「EL碓氷」

2017_4_16 は、信越本線の西松井田~横川へ。
まずここでねらったのは「EL碓氷」。
そして、復路の「SL碓氷」は、安中でねらいました。
ここでの桜は、少しちりはじめていましたので、「桜吹雪」が見られました。
でも、列車通過時には、ダメでした。
この一枚、EF6019牽引の「EL碓氷」。
正面の山は、「妙義山」。この山の頂上からの俯瞰が絶景のようです。
*
ここ、横川は「裏妙義」のふもとなのです。
 動画からの切り出し画像▲

2017年4月15日土曜日

上信沿線の桜

今年は桜の開花~散はじめになるまでが遅く、
2017_4_15 の今日でもまだ「満開」状態。
高崎商科大学前~山名間へバイクで出かけました。
桜の花越しをねらいました。
でも、この一枚は、花の数が少な目でしたが・・・。

2017年4月14日金曜日

もう一つ鶴見線の駅で

2017_4_13 の鶴見線の探訪。
もう一枚は、コレ。
浜川崎駅に進入する205系。
白昼の鶴見線のお客は、ごくわずか。
周りが工場地帯だから、と納得。
カラーからモノクロームに変換すると、いっそうローカル線らしい。

ネコのいる駅

2017_4_13 は、鶴見線の扇町へ。
ネコのいる駅だ。
神奈川のローカル線として、雰囲気のある路線だった。
支線もあり、海べりの「海芝浦」駅も印象的でした。

2017年4月11日火曜日

SFのケーブルカー

2007_12_24のサンフランシスコでの一枚。
坂の多い都市なので、ケーブルカーが発達したわけですね。
線路(道路)の真ん中にケーブルの通っている溝が埋まっていて、
この電車?がケーブルをつかんで坂を登り降りするわけです。
撮影からもう10年も経ちます。

CALIFORNIAのSL

今日のはいつもと違ったもの。
2007_12_24 撮影のカリフォルニア州の鉄道博物館での一枚。
1873年製の「EMPIRE」№13号機。
軸配置は1+C+0のテンダー形。
動輪などが見事に磨きこまれている。
かつて走っていたのはVIRGINIA&TRUCKEE RAILROAD。

そうそう、2月から市役所健康課の「特定保健指導」を受けていますが、今日、2017_4_10朝の体重は、62.5キロまで下がりました。目標まで、あと500グラムです。

2017年4月9日日曜日

この角度からのD51 498

2017_4_8 の一枚をもうひとつ。
今まで撮れなかった角度です。
「高崎アリーナ」からのD51 498の高崎駅入線前の一コマ。
高崎機関区からの回送線を通過して、ここで、「一旦停止」します。
ややあって、入れ替え信号により、駅北方まで進行していきました。
すばらしい撮影地-お立ち台の誕生をうれしく思います。


2017年4月8日土曜日

「EL&SLみなかみ号」高崎到着

2017_4_8 は、「EL&SLみなかみ」を撮影。
まずは、上尾への送り込みを一枚①。
次に、上尾からの「ELみなかみ」を②。
そして、「SLみなかみ」をいつものお立ち台で撮影③。
*
この一枚、
②の高崎駅構内でのもので、先頭はEF6019で最後尾はEF65501。
客車は、12系5両。
*
なお、今日午前の高崎線は人身事故で遅れが生じていました。


2017年4月6日木曜日

至福の時 平機関区

1967_4_1 は、常磐線の平機関区へ。
機関区らしさは、この「扇形庫」。
庫によっては、お尻を外に向けるやり方と、正面の場合がある。
ココは、両方で、統一されていないようだ。
写っている機関車のうち、C61 21がある。
もちろん、C62のすがたも・・・・。
この時代を今思い起こすと、撮り鉄にとって、まさに「至福の時」があったのです。

2017年4月4日火曜日

アリーナ周りの新しいお立ち台 

2017_4_4 の午後、「高崎アリーナ」へ。
4月1日にオープンしてからは、初めてです。
高崎線の線路わきなので、それなりにお立ち台があると思って、探しました。
ありました!
この写真のところです。
特に、「DLEL碓氷・SL碓氷」の運転時には、SLが上り方に付いているので、
これと同じように撮れるわけです。
▲これは、EF641001が、高崎駅南部の電留線に12系の伴走車を押し込むところです。
「SL碓氷」 でも、これと同じような入れ替えを行っています。

このアリーナ周り、もっと探せばいいお立ち台がもっと見つかるかも?
▼そう、こんなのもどうですか?





2017年4月3日月曜日

1968年4月3日は、雪の舞う中で・・・

1968_4_3 は、花輪線の龍ケ森に行っている。
沿線の雪は解け始めているが、この日は横殴りの雪が舞っていた。
8620の貨物列車は、 86+貨物+86+86の編成で、三台の機関車が牽引・押し上げている。
この一枚は、後追いの二両の86を撮ったものだ。
カメラのせいか、腕のせいか、ココでの撮影は何コマもピンボケになっている。
せっかくの撮影チャンスを生かせないことが多かった日々。

2017年4月2日日曜日

横川の桜は「まだ」でした

2017_4_2 は、良い天気。
そこで、横川へ・・・。
桜はまだでしたが、梅は満開。
お目当ては、「SLレトロ碓氷」の横川到着の撮影ですが、
この一枚は、その前後もので、211系4連。
今や、カボチャ色の115系は見かけず、このリニューアル211系に置き換わっているようです。
画面右下が、満開の梅。
奥の大きな建物は「峠の釜めし」のおぎのやさんです。




2017年4月1日土曜日

E2系最終運行 その2

2017_3_31 のE2系「あさま656号」。
動画からの切り出し画像で、
E2Asamaのステッカーが付いていたのは、このN13編成。
その後やってきたE2系上り最終のN5編成「あさま658号」には、
このステッカーはありませんでした。
いずれにしても、このステッカーも、もう見られないということになります。
*
昨日の高崎駅14番線でインタビューを受けたことが、記事になっていました。
2017_4_1 付けのJ新聞の社会面です。

実名で新聞に載ったのは、かつての甲子園応援に際しての記事以来のこと・・・。

2017年3月31日金曜日

E2系あさま31日に最終運行

2017_3_31 は、北陸新幹線のE2系の最終運行を撮影に・・・。
場所は高崎駅14番線ホーム。
上り最終は、あさま658号だが、コレはその一本前の最終運行?
あさま656号。
何回か、こんな最終運行に行っているが、今回は意外に静か。
ファンの姿も、20人程度で少な目。
「E2系あさま」の運行が今日で終了するというニュースには、反応はあまりない、ということだろう。
それでも、出かけてみたのは、正解か!
J新聞の記者からのインタビューを受け、E2系への思いを熱く語ったのです。
明日の、朝刊が楽しみ・・・。


2017年3月30日木曜日

C62 2号機の「ツバメ」

1968_4_4 は、函館本線の長万部へ。
お目当ては、C62重連。
上りの「ニセコ」を小樽(築港)から牽いてきたC62の補機は、ここ長万部で折り返し、
長万部機関区でしばしの休息を取るのです。
*
運がよく、今日の補機は、2号機。
2号機のデフに輝くのがこの「ツバメ」の切り抜き。
こんな間近で撮影ができました。

2017年3月27日月曜日

E2系に続いてE4系が消える

2017_3_26 の上毛新聞のニュースで、
「消える2階建て  上越新幹線E4系、18年度以降」の見出しが目に留まった。
全国の新幹線車両のうち、唯一の2階建てとして、今は上越新幹線だけを走っている車輛だ。
 そこでこの一枚。
2017_2_26 に撮影した「E4系8両×2編成」。
背景は赤城山。
この風景も見られなくなるので、「写欲」を湧き立たせるニュースだ。
なお、同新聞には、「北陸新幹線は「E2系」引退」との記事もありました。

2017年3月25日土曜日

EF66に未練が残ります

Rail Magazineの404号(2017年5月号)が郵送されてきた。
「ニュース スクランブル」のコーナーへの投稿写真記事が掲載されたためです。
 *
今号の記事の中では、EF66の倉賀野への運用が無くなったことが印象に残りました。
これまでも、EF66については、
できるだけ記録をしていたつもりでしたが、まだ、未練が残ります。
▼この一枚は、2016_10_31 撮影のEF6627。
高崎での展示会を終え、吹田に回送されるところです。
こんな形でも、またこちらに顔を見せてほしい。


2017年3月23日木曜日

C62の巨体を五稜郭機関区で撮影

1969_3_5 は、北海道へ。
撮影場所は、函館本線の五稜郭機関区。
朝、上りの仕業を終えたC62を撮影。
この日のC62は、44号機だった。