2017年4月22日土曜日

自宅2階から

1967_4_30 ごろの一枚。
自宅2階からの高崎操車場の入れ替えを撮ったもの。
このときはD51だが、9600も使用されていた。
ガッタンゴットンと行ったり来たりして、騒音としか聞こえなかった。
その後、無煙化され機関車はDE11に変わったが、
1984年2月のダイヤ改正でヤード方式の高崎操車場は廃止された。
この画面、ピントの甘い「夢」のなかの画像のようだ・・・。
遠くには、消防団の火の見や長いVHFのTVアンテナが見える。


2017年4月21日金曜日

「真四角」のカット

この一枚、2017_4_20 撮影の651系草津号。着目点は、「真四角」のトリミングです。
朝日新聞に出ていたのですが、この「真四角」が最近の流行のようです。
列車の編成輌数やカーブから見て、いいカットだと思います。
なお、この撮影地、当地の撮り鉄にとって、人気の「聖地(お立ち台)」になる予感がします。


2017年4月20日木曜日

D51 498、DE11に牽引されて・・・

2017_4_20 は、いつもは聞こえないSLの「汽笛」が・・・。
新しいお立ち台の高崎アリーナ周辺に行ってみました。
・・・やって来ました→DE11に牽引されたD51498です。
駅の北の方向からやってきたのですが、どこで何をしていたのは不明です。
*
そう、そう、鉄道趣味誌「鉄道ファン6月号」が届きました。
今回は、「3月4日のダイヤ改正にともなう、JR東日本の車両の動き」に注目しました。

毎号、読み応えのあるいい本ですね。

2017年4月19日水曜日

後部補機

「特定保健指導」を受けている。
その保健指導の一つの目安として、
万歩計の数値があるが、昨日(2017_4_18)出かけた際に、紛失してしまったのです。
そこで、交番に紛失届を出し、見つかることを願いましたが・・・・。
*
1968_5_5 は、東北本線の沼宮内に行っていました。
この年、昭和43年の秋、東北本線の盛岡以北が電化し、
蒸気機関車は、廃止されるということです。
この一枚、その沼宮内を発車したD51の後部補機のようすで、
この列車の盛岡方には、D51の重連がこのコンテナ貨車を牽引していました。
なんと、この貨物列車は、3輌のD51で引っぱったり、押したりしていたのです。




2017年4月17日月曜日

E235系を撮らず「水仙の里」へ・・・

2017_4_17 午後は、東吾妻町「水仙の里」へ・・・。
2度目の訪問でしたが、サクラと水仙の同時開花が見られました。
桜もまだ散らず、水仙も満開?でした。
今日は、E235系の新津配給があったのですが、パスしました。
今回のは、第2編成らしいので、これからもつぎつぎと撮影チャンスはあるはずとみました。


2017年4月16日日曜日

妙義山麓を行く「EL碓氷」

2017_4_16 は、信越本線の西松井田~横川へ。
まずここでねらったのは「EL碓氷」。
そして、復路の「SL碓氷」は、安中でねらいました。
ここでの桜は、少しちりはじめていましたので、「桜吹雪」が見られました。
でも、列車通過時には、ダメでした。
この一枚、EF6019牽引の「EL碓氷」。
正面の山は、「妙義山」。この山の頂上からの俯瞰が絶景のようです。
*
ここ、横川は「裏妙義」のふもとなのです。
 動画からの切り出し画像▲

2017年4月15日土曜日

上信沿線の桜

今年は桜の開花~散はじめになるまでが遅く、
2017_4_15 の今日でもまだ「満開」状態。
高崎商科大学前~山名間へバイクで出かけました。
桜の花越しをねらいました。
でも、この一枚は、花の数が少な目でしたが・・・。

2017年4月14日金曜日

もう一つ鶴見線の駅で

2017_4_13 の鶴見線の探訪。
もう一枚は、コレ。
浜川崎駅に進入する205系。
白昼の鶴見線のお客は、ごくわずか。
周りが工場地帯だから、と納得。
カラーからモノクロームに変換すると、いっそうローカル線らしい。

ネコのいる駅

2017_4_13 は、鶴見線の扇町へ。
ネコのいる駅だ。
神奈川のローカル線として、雰囲気のある路線だった。
支線もあり、海べりの「海芝浦」駅も印象的でした。

2017年4月11日火曜日

SFのケーブルカー

2007_12_24のサンフランシスコでの一枚。
坂の多い都市なので、ケーブルカーが発達したわけですね。
線路(道路)の真ん中にケーブルの通っている溝が埋まっていて、
この電車?がケーブルをつかんで坂を登り降りするわけです。
撮影からもう10年も経ちます。

CALIFORNIAのSL

今日のはいつもと違ったもの。
2007_12_24 撮影のカリフォルニア州の鉄道博物館での一枚。
1873年製の「EMPIRE」№13号機。
軸配置は1+C+0のテンダー形。
動輪などが見事に磨きこまれている。
かつて走っていたのはVIRGINIA&TRUCKEE RAILROAD。

そうそう、2月から市役所健康課の「特定保健指導」を受けていますが、今日、2017_4_10朝の体重は、62.5キロまで下がりました。目標まで、あと500グラムです。

2017年4月9日日曜日

この角度からのD51 498

2017_4_8 の一枚をもうひとつ。
今まで撮れなかった角度です。
「高崎アリーナ」からのD51 498の高崎駅入線前の一コマ。
高崎機関区からの回送線を通過して、ここで、「一旦停止」します。
ややあって、入れ替え信号により、駅北方まで進行していきました。
すばらしい撮影地-お立ち台の誕生をうれしく思います。


2017年4月8日土曜日

「EL&SLみなかみ号」高崎到着

2017_4_8 は、「EL&SLみなかみ」を撮影。
まずは、上尾への送り込みを一枚①。
次に、上尾からの「ELみなかみ」を②。
そして、「SLみなかみ」をいつものお立ち台で撮影③。
*
この一枚、
②の高崎駅構内でのもので、先頭はEF6019で最後尾はEF65501。
客車は、12系5両。
*
なお、今日午前の高崎線は人身事故で遅れが生じていました。


2017年4月6日木曜日

至福の時 平機関区

1967_4_1 は、常磐線の平機関区へ。
機関区らしさは、この「扇形庫」。
庫によっては、お尻を外に向けるやり方と、正面の場合がある。
ココは、両方で、統一されていないようだ。
写っている機関車のうち、C61 21がある。
もちろん、C62のすがたも・・・・。
この時代を今思い起こすと、撮り鉄にとって、まさに「至福の時」があったのです。

2017年4月4日火曜日

アリーナ周りの新しいお立ち台 

2017_4_4 の午後、「高崎アリーナ」へ。
4月1日にオープンしてからは、初めてです。
高崎線の線路わきなので、それなりにお立ち台があると思って、探しました。
ありました!
この写真のところです。
特に、「DLEL碓氷・SL碓氷」の運転時には、SLが上り方に付いているので、
これと同じように撮れるわけです。
▲これは、EF641001が、高崎駅南部の電留線に12系の伴走車を押し込むところです。
「SL碓氷」 でも、これと同じような入れ替えを行っています。

このアリーナ周り、もっと探せばいいお立ち台がもっと見つかるかも?
▼そう、こんなのもどうですか?





2017年4月3日月曜日

1968年4月3日は、雪の舞う中で・・・

1968_4_3 は、花輪線の龍ケ森に行っている。
沿線の雪は解け始めているが、この日は横殴りの雪が舞っていた。
8620の貨物列車は、 86+貨物+86+86の編成で、三台の機関車が牽引・押し上げている。
この一枚は、後追いの二両の86を撮ったものだ。
カメラのせいか、腕のせいか、ココでの撮影は何コマもピンボケになっている。
せっかくの撮影チャンスを生かせないことが多かった日々。

2017年4月2日日曜日

横川の桜は「まだ」でした

2017_4_2 は、良い天気。
そこで、横川へ・・・。
桜はまだでしたが、梅は満開。
お目当ては、「SLレトロ碓氷」の横川到着の撮影ですが、
この一枚は、その前後もので、211系4連。
今や、カボチャ色の115系は見かけず、このリニューアル211系に置き換わっているようです。
画面右下が、満開の梅。
奥の大きな建物は「峠の釜めし」のおぎのやさんです。




2017年4月1日土曜日

E2系最終運行 その2

2017_3_31 のE2系「あさま656号」。
動画からの切り出し画像で、
E2Asamaのステッカーが付いていたのは、このN13編成。
その後やってきたE2系上り最終のN5編成「あさま658号」には、
このステッカーはありませんでした。
いずれにしても、このステッカーも、もう見られないということになります。
*
昨日の高崎駅14番線でインタビューを受けたことが、記事になっていました。
2017_4_1 付けのJ新聞の社会面です。

実名で新聞に載ったのは、かつての甲子園応援に際しての記事以来のこと・・・。

2017年3月31日金曜日

E2系あさま31日に最終運行

2017_3_31 は、北陸新幹線のE2系の最終運行を撮影に・・・。
場所は高崎駅14番線ホーム。
上り最終は、あさま658号だが、コレはその一本前の最終運行?
あさま656号。
何回か、こんな最終運行に行っているが、今回は意外に静か。
ファンの姿も、20人程度で少な目。
「E2系あさま」の運行が今日で終了するというニュースには、反応はあまりない、ということだろう。
それでも、出かけてみたのは、正解か!
J新聞の記者からのインタビューを受け、E2系への思いを熱く語ったのです。
明日の、朝刊が楽しみ・・・。


2017年3月30日木曜日

C62 2号機の「ツバメ」

1968_4_4 は、函館本線の長万部へ。
お目当ては、C62重連。
上りの「ニセコ」を小樽(築港)から牽いてきたC62の補機は、ここ長万部で折り返し、
長万部機関区でしばしの休息を取るのです。
*
運がよく、今日の補機は、2号機。
2号機のデフに輝くのがこの「ツバメ」の切り抜き。
こんな間近で撮影ができました。

2017年3月27日月曜日

E2系に続いてE4系が消える

2017_3_26 の上毛新聞のニュースで、
「消える2階建て  上越新幹線E4系、18年度以降」の見出しが目に留まった。
全国の新幹線車両のうち、唯一の2階建てとして、今は上越新幹線だけを走っている車輛だ。
 そこでこの一枚。
2017_2_26 に撮影した「E4系8両×2編成」。
背景は赤城山。
この風景も見られなくなるので、「写欲」を湧き立たせるニュースだ。
なお、同新聞には、「北陸新幹線は「E2系」引退」との記事もありました。

2017年3月25日土曜日

EF66に未練が残ります

Rail Magazineの404号(2017年5月号)が郵送されてきた。
「ニュース スクランブル」のコーナーへの投稿写真記事が掲載されたためです。
 *
今号の記事の中では、EF66の倉賀野への運用が無くなったことが印象に残りました。
これまでも、EF66については、
できるだけ記録をしていたつもりでしたが、まだ、未練が残ります。
▼この一枚は、2016_10_31 撮影のEF6627。
高崎での展示会を終え、吹田に回送されるところです。
こんな形でも、またこちらに顔を見せてほしい。


2017年3月23日木曜日

C62の巨体を五稜郭機関区で撮影

1969_3_5 は、北海道へ。
撮影場所は、函館本線の五稜郭機関区。
朝、上りの仕業を終えたC62を撮影。
この日のC62は、44号機だった。


2017年3月21日火曜日

E2系

緑の季節。
2012_5_30 は、長野新幹線の安中榛名~軽井沢間へ・・・。
ここの道路を先へ行くと、霧積温泉だ。
シャッターチャンスは、ほんの1秒あるか、ないか。
E2系の通過音に耳を澄まして、シャッターチャンスを待つ。
先頭部が見えるのは、一瞬。
そんな、緊張感あふれる撮影地だった。
もう、数年経つので、木々が生い茂り、見通しは悪いだろう。
この写真のE2系も、今では定期列車では走っていないので、「写真撮影は、まさに生」ですね。

区名札「長」のD51 636

横川~軽井沢間の「碓氷線」の旧線は、アプト式鉄道だった。
1963_9 末で、ここが、「粘着運転」に完全に切り変わり、新線に移った。
そんなことで、旧線のアプト式の鉄道を撮影に、数回ここ「碓氷線」を訪問していた。

この一枚、軽井沢駅でのD51 636号機で、「長」の区名札が入っているカマだ。
軽井沢以遠の長野までは、1963_6 に電化したが、
撮影時(1963_9)ではD51が走っていたことになる。

2017年3月20日月曜日

「橅(ぶな)」編成回送

2017_3_20 は、春分の日。
大宮の鉄博から秋田への返却回送される「橅(ブナ)」編成を撮影。
いつもの高崎操車場脇での撮影。
ここが、ベストの撮影地だとは思えないので、
もっといい撮影地がほかにあったらいいが・・・。
牽引機のEF81の連結器は、いわゆる「双頭」型。


2017年3月18日土曜日

50年まえの八高線でキハを撮影

撮り鉄の被写体は、主に蒸機であった。
そのせいか、こういったDC(ディーゼルカー)の写真は、少ない。
この一枚は、八高線の北藤岡~群馬藤岡間の無電化区間で撮影している。
しかも、被写体を追った「流し撮り」手法で撮ったものだ。
1967_4_30 だから、2017年の今日からは、50年前。
DCのことは、よく知らないので、この形式は「キハ20形」かな?



2017年3月17日金曜日

碓氷線を下る115系長野色

碓氷線には思い入れがあり、今でもときどき峠に行っている。
1997年秋の碓氷線の廃線を控え、通い詰めた時の一枚だ。
ロクサンに守られて、長野色の115系が横川をめざす。
背景の橋脚は「上信越道」のもの。
最急勾配66.7‰の碓氷線だが、ここ旧丸山付近は25‰区間。
廃線の年の1997年撮影。

いつもの「お立ち台」から

1989_4_23 ごろの撮影。
場所は、いつもの「お立ち台」。
高崎線の跨線橋からの国鉄色189系「あさま」。
画面下の線路が外されている。
ここの高崎線は、上下線をくっ付けて、
下り線の南側を空け、「サニータウン」という住宅分譲地になった。
背景の山は、榛名山。

2017年3月16日木曜日

DD51 八高訓練運転

2017_3_16 八高線のDD51訓練運転を撮影。
上りは、いままでの時刻より早まっていたので、下りはどうか?と思っていました。
でも、下りは今までと同じ時刻でした。
15時30分すぎ、DD51888+旧客4輌+DD51895が
高崎操車場脇を通過した(この一枚は、後追い)。
かつてのDD51は、けっこう薄汚れていたが、
今では「ぴかぴか」に磨かれているのです。
写真の右の山は、榛名山。

2017年3月15日水曜日

大屋根から

自宅の大屋根に上った時の一枚。
1964_7 ごろだから、東京オリンピックの年。
高崎線の上り、準急か急行を「流し撮り」している。
写真の一枚は、最後部付近のものだが、
クハの正面には、「ヘッドマーク」が付いているのがわかる。
但し、なんと書いてあるのかは、この角度からは見えないが、
1963_6 改正の当時の時刻表によると、
「佐渡」「弥彦」「越路」などの上越線急行が該当する。

2017_3_15現在、写真の水田は今はなく、アパートに変わり、線路近くには、跨線橋や住宅が立ち並んでいる。
画面左のポールは、VHFのTVアンテナで、遥か東京の電波を受けていた。その後、榛名山に中継所ができ、UHF電波を受けるようになった。

鉄道模型の一枚

1962_10 ごろ撮影。
自宅庭の土の上に「Oゲージ三線式」レールに、EF62形らしき電機と客車がノッカッテいる。
信越本線の碓氷線にEF63と62が試験をやっていたころ。
高崎第二機関区で、これらをよく見かけていたので、「模型化」したのだろうか。
ちなみに、碓氷線のアプト式は、1963年の秋に廃止され、
EF63や62などの運用が始まっている。
なつかしい、「鉄道模型」の一枚だ。

2017年3月14日火曜日

デカ目の115系

1967_8 は、倉賀野~新町間の、烏川橋梁北詰めへ。
今は、この橋梁は架け替えられたので、このようには撮れない。
撮れないのは、橋梁だけでなく、デカ目の「115系」電車も・・・。
80系に代わり、登場したこの115系も、高崎線からはすでに引退。
その後の211系も引退している。
写真の左は、支線だらけだ。

「あさま」高崎到着とSATY

1996_2_12 撮影の高崎駅北。
上りの信越本線「あさま」が高崎駅に到着する。
右の建物は、今は無い「SATY」という、ショッピングセンター。
ここ高崎駅西口には、2017年現在、新たな商業施設も建設中だ。
「あさま」の奥は、旧「高崎ターミナルホテル」。右の青い客車は、12系だろう。

2017年3月13日月曜日

7452歩

2017_3_13は、中学校の卒業式。
役目柄、中学校の周辺を巡視し、夕方は最近始まった「ウォーキング」。
結果は、・・・7452歩、カロリーは277kcalでした。

今日の一枚は、通称「安中貨物」を高崎操車場で撮影。
ココでは、乗務員交代が行われます。
ただ、撮影には線路わきの通称「ホッチキス」が入ってしまうのが難点です。
このEH500、信越本線の安中まで、荷を届けたあと、再び、「泉」というところまで帰ります。




2017年3月12日日曜日

庫の中のC55

1969_3_19 は、旭川機関区を訪問。
お目当ては、スポーク動輪のC55。
うす暗い庫の中で、一休みしていました。
隣には、9600も憩っていました。
この時の北海道の旅は、ココ旭川まででした。

2017年3月10日金曜日

YSと碓氷新線

2017_3_10 。オスプレイが飛行するならぜひ一枚撮りたい、と空を見上げていた。
飛んできたのは「YS11」だった。
入間の航空自衛隊機らしい?▼

昨日3月9日は、ちょうどカメラを持っていなかった、午後5時ごろ、
オスプレイが、わが家の上空を通過していった。
肉眼で確認できたのが幸いだが・・・。
一般の自衛隊のヘリより、音は気持ち静かであった。

2017_3_10の午後は、碓氷峠のメガネ橋へ。
碓氷第三橋梁から北を眺めたこの一枚。
この廃線となった碓氷新線に、あの「ロクサン」がやってくるようだった。▲
1997年秋の廃止から、何年たったのだろう。

1995_8_19 撮影のこの一枚、▼EF63(ロクサン)重連が特急を押し上げている。
夏の碓氷新線の一枚だ。


2017年3月8日水曜日

貫通幌

昨日(2017_3_7)の一枚は、珍しいものだった?
高崎操車場西で偶然撮ったこの一枚、211系が大宮総合車両センターを出場したA2編成で、
珍しいのは、正面の「貫通幌」。
211系のこの種の「幌」は、これまでは見られないもののようだ。




2017年3月7日火曜日

ふるさとの山 赤城山


2017_3_7 の夕方。
散歩=ウォーキング?を1時間ほど。
自宅に帰ってくる直前、赤城山を一枚撮影。
200mmの1.6倍だから、320mm相当の望遠です。
中央やや左が「鍋割山」で、右のアンテナが立っているのが「地蔵岳」・・・だと思う。
望遠レンズで見ると、いつもの赤城山より、「迫力」を感じます。
南側の斜面なので、山の「雪」はほとんど見られない。

急行「能登」

2010_1_26 撮影なので、7年前。
急行「能登」の上り、上野行きを撮影したのは、いつもの高崎操車場わき。
このころは、すべてJPGで撮っていた(今ではほとんどはRAW)。
まだ、夜も明けきらぬので、真っ暗だ。

ほんの少し前には、こんな列車が走っていたのですね。
なお、この「能登」の通過前には、「北陸」も走っていました。

2017年3月6日月曜日

散歩の途中で撮った2枚

市役所の健康課から「健康指導」を受けている。
腹囲を測ったり、毎日の食事に配慮したり、軽い運動をしたり、とメニューをこなしている。
そのメニューに「散歩」があるので、1時間ほど、散歩に・・・・。
その際、まず撮ったのがこの一枚。
「651系草津」の編成写真。

曇り空なので、逆光にならず、うまく撮れた。
そして、もう一枚がコレ、
工事中の「群馬南郵便局」。

2017年5月の開局とのことですが、一般向けの窓口やATMはないようです。
わが町とその周辺の変化はすごい!


2017年3月4日土曜日

EF63、横川に進入

今日、2017_3_4 は、JRのダイヤ改正。

この一枚、1996_5 の撮影。
EF63の助けを得て、ふもとの横川駅に進入する189系「あさま」。
ここ横川~軽井沢間は、翌年の1997年の秋に廃線となった。

そう、このブログの題は、「撮り鉄人生録+α」。
この語で検索すると、驚くべき数の写真が見つかる。
中には、もう忘れかかった一枚も多いことに気づく。

今日、windows 10のパソコンを購入。富士通のノートパソコンだ。
初期設定で、アカウントやパスワードの設定などで、結構時間をとられました。
メモリは4G、ハードディスクは1Tのスペック。

2017年3月2日木曜日

八ツ場ダム工事

2017_3_1は、「パルコールつま恋」スキー場へ。
一日中、穏やかな日でした。
午前9時過ぎに着き、午後3時半過ぎまでたっぷりとスキーを楽しみました。
帰りに立ち寄ったのがココ。
「八ッ場見放台」。
八ツ場ダムの建設のようすが「見放だい」の展望台です。
ダム本体のコンクリートの打設がだいぶ進んでいるようです。

▼これは、見放台にあった説明写真。

2017年2月28日火曜日

碓氷線を行く「ロクニ」

1965_7_29 は、横川、軽井沢へ。
碓氷新線のロクニ(EF62)やEF63の撮影が目的。
カメラは、ハーフサイズのオリンパスペンだった。
このカメラ、普通に構えると縦構図になるので、実際、縦構図の写真が多い。
この一枚、横川を出たあと、25‰の勾配区間をロクニが軽井沢をめざす。
客車は、旧型だ。
撮影場所は、現在の「碓氷峠鉄道ぶんか村」付近。