2017年10月16日月曜日

奥中山を下るD51+C60重連の130レ

1967_3_28は、春休みなので、東北本線の奥中山へ。
撮影地は、吉谷地のカーブ。
奥中山駅から盛岡方向に徒歩30分ぐらいだったか?
来るは来るは、次々に列車がやって来ました。
次年の「ヨンサントウ」電化に備えて、架線や架線柱が立ち始めていましたが、
ねらいは、下り列車、つまりSLにとっては登りの苦難の坂道。
下り列車で2本の「D51三重連」が撮影できました。
他は、この一枚のような「重連」の列車。
一部を除いて「重連」または、「三重連」だから、「重連」はめずらしくない状況でした。
しかも、坂を下る列車は、被写体にはならず、結構、「PASS」していたのです。
ぜいたくな話です。

「奥中山を下るD51+C60重連の130レ」▲。
 この130レは、なんと青森発上野行でした。

2017年10月12日木曜日

107系R15・R16編成譲渡回送される

107系が上信電鉄に譲渡回送されるだろう・・・と予想して、アリーナ北へ。
少し待っていると・・・。
やって来ましたDE10に牽かれた107系R15編成とR16編成の4両。
このあと、上信線に転線して上信の車両基地に収まりました。
譲渡されたのは、これで12両なので、これで全部。
このあとの話題は、いままでの上信電鉄のどんな車両が廃車(置き換え)になるかということ。
12両もの置き換えが発生するわけですから、上信の在籍車の半分にあたる計算になります。


2017年10月10日火曜日

黒磯駅で撮った貴重な一枚

1963_8 初旬。
東北本線の黒磯へ・・・。
ここは、交直の接点の駅なので、「交流機関車」が見られるとのことでした。
ただ、他の交直の接点と違って、構内の電気を切り替える方式。
そこで、2017_10_14 には、交直接点をもう少し、北方に持って行って、交直切り替えをする方式に変えるそうです。
そうすると、この写真のような「交流機関車」は、黒磯駅には乗り入れられなくなります。
つまり、この一枚の写真は、とても「貴重な一枚」になったのです。→再掲写真です。


新駅予定地付近で・・・

2017_10_10は、「旧客」回送を撮りに高崎操車場脇へ。
夏の暑さを思い起こすほどの午後3時40分過ぎ。
やって来ました。
EF64 1053に牽引された旧客。
今日アップするのは、「後追い」の一枚。
この場所は、「新駅」の予定地付近ですが、まだ、何の変化もありません。
でも、線路の北側では、道路工事が始まっていますが、駅新設とは関係なさそうです。


2017年10月7日土曜日

駅での「撮影に関してのお願い」

2017_10_7 は、107系がJR線から消える日。
高崎駅のホーム端で見かけた「撮影に関してのお願い」。
駅は、乗客さんが利用する公共の施設ですから、
撮影はここに書かれた注意を守っていきたいですね。


2017年10月5日木曜日

高崎駅西口の変化(2) 変貌している高崎市

2017_10_5 は、高崎駅西口周辺の変化を記録に出かけました。
この一枚は、ペデストリアンデッキに囲まれた「OPA」をねらいました。
間もなく開店です。
今日の段階は、「OPA]へ通ずるデッキや道路は、まだ工事中でした。
いろいろな角度から、この辺を眺めて見ると、けっこう「狭さ」を感じました。
デッキの陰で、空が見えにくくなったせいかもしれません。
それにしても、大きく変貌している高崎市の今を見てきました。



2017年10月4日水曜日

高崎駅西口の変化

1995_1_3 は、高崎駅北のお立ち台へ・・・。
22年前の高崎駅の西口周辺の一部を見ることができる。
正面のビルは「高崎ターミナルホテル」。
その右は、「SATY」ビル。
そして右端には、「高崎高島屋」が・・・。
2017年の秋、「SATY」の場所に「オーパ」が開店するし、高島屋まで、ペデストリアンデッキが駅からつながる。
そして、この写真の「107系が定期運用を9月末で終了」。


115系6連

2017_10_3 、上信へ移った107系を撮りに高崎駅西口付近へ・・・。
撮影後、帰りかけたとき、115系が駅方向に向かったのを見かけ、急いで駅北のお立ち台に移動。
115系の定期は、この時間はないはずなのにおかしいと思いました。
結局、「回送」と判明。
しばらく待機した後、上越線方向に静かに発車して行きました。
115系3両×2編成の6連でした。

2017年10月2日月曜日

1963年撮影の上信 デハ301?

1963_11_23 のころの撮影。
撮影地は(上州)一ノ宮、デハ301とネガケースには記入がある。
勤労感謝の日なので、上信の一ノ宮に行ったのだろうか?
でも、鉄分の撮影コマは、2コマばかりだ。
電車は、「デハ301」?で、
しかも、デハの運転台は「右」。
撮り鉄の一枚に加わった、貴重な一コマだ。

2017年10月1日日曜日

107系専用臨時運転

2017_10_1は、「ありがとう107系」の上越線水上からの復路を撮影に高崎駅へ。
ホームは、タイガーロープで規制がありました。
右が16時21分に到着した107系4連。
左は、211系。
この「ありがとう107系」は、 10月7日にも走ります。





2017年9月29日金曜日

ゼロ系新幹線

東海道新幹線が開通してから、3か月後。
1965_1_2 東京駅に撮影に行った。
今では、博物館でしか見られないゼロ系が最初の新幹線車両。


なお、東京~新大阪間を超特急「ひかり」は4時間、特急「こだま」は5時間かかっていた。
このころは、ハーフ判ばかりの撮影だったので、スキャンには、2倍以上の手間がかかった。

2017年9月28日木曜日

秩父鉄道 デキ102

1963_7_14には、秩父鉄道に行っている。
といっても、熊谷だけだった。
車両基地で撮ったのが100形の「デキ102」。
この形の電機は、いまだに走っているようなので、頼もしいかぎりだ。
撮影時から53年も経っている。



2017年9月25日月曜日

団臨走る 2

昨日2017_9_24の「水上白門号」に乗車したので、走行写真は撮れずじまいだったのですが・・・。
熊谷からすぐ折り返して、返却回送を撮ることにしました。
場所は、高崎操車場南のお立ち台。
17時20分前後に通過するとみて、撮ったのがコレ。
陽が弱くなっていましたが、どうにか撮れました。
もっとも、ヘッドマークの無いこの編成は、いままでも何回か撮っていますが・・・。
そうそう、水上でこんなのを撮りました。
D51745が転車台広場に置かれていますが、ペンキの塗装が終わったようです。


2017年9月24日日曜日

団臨走る

貸切団臨の「水上白門号」が運転され、乗客として参加し、熊谷~水上を一往復しました(実際は、集合解散地の熊谷まで、倉賀野~熊谷間をさらに一往復していますが)。
列車の編成は、水上方からEF6019+12系客車+EF65501のPP編成でした。
途中渋川では停車時間を利用した、撮影会があり、ヘッドマークのレプリカが設置されました。
この一枚のヘッドマークは、「銀河」や「はくつる」をイメージしたデザインとのことでした。

2017年9月23日土曜日

DD51 勢ぞろい

2017_9_23 は、「高崎鉄道ふれあいデー」。
注目は、車輛展示コーナー。
4両のDD51がそろった。

左から897(日本海)、842、895(出雲)、888(カートレイン)で鉄道博物館から借りたらしい?ヘッドマークが掲出されていた。

他の展示車両は、D51498、DE101571の他、茶色のDE101705 だった。

2017年9月22日金曜日

京王5000系

京王電鉄の新車、5000系に試乗した。
試乗は、若葉台検車区に納車された第一編成。
写真は新宿方10号車のクハ5731。
フロント面の傾斜が大きいシャープな顔立ちだ。
この電車の一番の特徴は、シート。
クロスシートとロングシートの転換ができ、
座席指定列車以外でも運用ができるというすぐれもの。
今月末には、通常の列車としてデビューするとのことだ。
2017_9_22。

2017年9月21日木曜日

Oゲージ


1963年4月ごろ。
 Oゲージモデル?

2両の客車は工作紙で作った自作。
台車は、電車用だ。
技術的には、未熟そのもの。
牽引しているDB? は、購入したものだが、現物は今はない。



2017年9月20日水曜日

EF15

1965_9ごろ 撮影。
このころしばしばここまで撮影に行った。
ココは高崎線倉賀野~新町間の17号跨線橋近く。
松の陰からEF15の貨物列車が通過する。

2017年9月19日火曜日

縦構図で113系を

1965_8_23 は、大船に撮影に出かけた。
52年前。
ハーフ判カメラなので、縦構図が多かったが、これもそう。
当時の近郊型の主力113系を撮った。
当時の鉄道趣味誌は、「鉄道ピクトリアル」と「鉄道ファン」だったが、価格が高く毎号は買えなかった。その雑誌の撮影地を参考にここにやってきたのですが・・・。

2017年9月18日月曜日

修学旅行専用電車「ひので」

写真フィルムを再スキャンしている。
この一枚は、1965年3月撮影の155系「ひので」号。
自分たちの修学旅行で乗ったのではなく、修学旅行で京都駅に行った際、たまたま撮影したもの。
せっかくここ京都まで行ったのに、撮影したコマは、2枚だけだった。
このころ、修学旅行専用電車は、この「ひので」のほかに、「きぼう」もあり、
DCでは「おもいで」というのもあった。
「ひので」は、関東地区からの電車で、「「きぼう」は、関西からのもので、「おもいで」は東北地区からだった。
ちなみに、私たちの修学旅行は客車列車で、東京から名古屋までは夜行だった。

2017年9月13日水曜日

大宮工場わきで撮ったC60?

大宮工場脇を通過する高崎線の車内からの一枚。
ここを通過するときは、大宮工場に入場している機関車などが観察できた。
このカマは、C59かC60のどっちだろうか。
1963_8 の撮影がヒントになるかも・・・。
このカマの違いは、従輪の違いしか知らないので、ほんと59か、60のどっちだろうか。
ナンバープレートが鮮明であれば、すぐわかるのだが。


キハ57系長野行き急行

1962_5_10 ごろの撮影。
高崎第二機関区脇の高崎線下りDC。
キハ57系の長野方面行きの急行「志賀」だろうか。
左は、高崎第二機関区。
後ろにはEF15、EF58が写っている。
左の円柱の施設は、現在もそのまま残っている。
この辺も開発が進み、住宅や会社で埋まった。

2017年9月11日月曜日

赤プレ

2017_9_10 D51498の 「赤プレート」を確かめに機走線に行きました。
ちょうど夕陽に反射して、輝いていました。
でも、このプレートも期間限定との書き込みがありますので、
また、「黒」にもどるのでしょうか?

高崎車両センター高崎支所にて撮影。

2017年9月10日日曜日

デキ1と107系

上信電鉄のデキ1とJRから委譲された107系。
上信電鉄の本社で開かれた「頑張るぐんまの中小私鉄フェア2017」の会場からの一枚で、
デキ3は、検修場の中で運転室公開になっていました。
ミニトレインのデキの模型には、「ようこそ107系」のヘッドマークが付いていました。
2017_9_10 とても暑い日でした。

2017年9月9日土曜日

D51498 「赤プレ」になる

久しぶりの「鉄」分補給。
2017_9_9 撮影の「SLレトロみなかみ」号を牽引するD51498 .。
ナンバープレートの色が「赤」になったとのことで、出かけました。
高崎駅北のいつもの「お立ち台」で発車シーンを撮りました。
キャブ横のプレートと正面煙室扉のプレートとは、若干色合いが違って見えました。

たまには、こういった「変化」を見せるとお客さんも「リピータ」となると思います。

撮影地:上越線高崎-高崎問屋町

2017年9月5日火曜日

「大人の休日倶楽部」パスの旅

2017年8月31日から「大人の休日倶楽部」パス4日間を使って東北に行ってきました。
1日目は、「奥入瀬渓流を見ながら、レンタサイクルで下る」旅でした。
2日目は、下北半島を「青森から高速船で行く仏ヶ浦」観光。
3日目がコレ、「SL銀河で行く釜石」。
この一枚は、新花巻駅に進入するC58239牽引の、「SL銀河」。
車内では、ちいさな「プラネタリウム」の上映会がありました。
宮守駅では、宮沢賢治のマントを着ての撮影会も・・・。
4日目は、「秋田駒ヶ岳登山」でした。

2017_9_2 撮影の「SL銀河」。

2017年8月30日水曜日

上信へ譲渡された107系

2017_8_30 は、上信電鉄へ譲渡された107系を撮りに出かけた。
最近の地方紙によると、107系電車が6編成、12両がJRから有償譲渡されるという。
8月23日に4両が譲渡され移動したので、残りは8両ということになる。
上信の保有車両は全部で24両ほどなので、「半分が107系に交代」することに・・・・。
高崎車両区に置かれた107系のわきを上信の「ぐんまちゃん」電車(普29レ高崎駅13時28分発)が通過する。

2017年8月27日日曜日

「ゆうづる」牽引機

保存と作業を行ってきたハードディスクが不調になり、
チェックディスクのオプションを実行したら、
作業終了まで、丸3日ほどかかりました。
気を取り直して、 またアップを続けます。
1967_4_1 平機関区でC62を撮影。
今となっては、物足りないのは「ハーフ」判での撮影。
この機関区見学は、「腕章」を付けてのやり方でした。
「ゆうづる」牽引機は、朝、平に到着し、深夜仙台に向ける運用だった。

2017年8月24日木曜日

秩父鉄道のデキ102

1963_7_14 熊谷で撮影した秩父鉄道の100形デキ102。
この日、一人で熊谷まで行って秩父鉄道の車両を撮っている。
秩父鉄道を撮ったのは、このときの一度だけだ。
また、この時のネガを見ると、東武妻沼線のホームで、1両編成の気動車を撮っていた。

2017年8月20日日曜日

悔やまれる一枚 C6215

1966_8_25 は、呉線のC6215を広島駅ホームで撮影。
この日は、鉄研の夏季合宿で山陰を訪問していたのです。
この一枚を見ると、ここであと一日なり踏みとどまって呉線の撮影をしておけばよかった、と悔やまれる。
なお、この15号機は、のちに北海道に渡り「ニセコ」をひいている。

2017年8月19日土曜日

EF15

1963_7 ごろの一枚。
高崎第二機関区の構内を走るEF1550。
単機で移動中なので、片パンタだ。
誘導掛のシャツ(下着?)姿が時代を感じさせる。
我が家は、ここから近いので結構機関区には通っている。
ただ、残念なのは、しっかりした形式写真を撮っていないことで、
「鉄道写真」の基本も知らないで撮っていたことだ。
写真左に半分だけ写っているのは、蒸機時代の給水塔か?

ED92 ブレていても貴重な一枚

大変珍しい車両を撮った。
1963_8_10 の高崎線の車内からの一枚で、
場所は国鉄の大宮工場脇。
ED92 1で、初の交直両用電機で、最初はED46と称していた。
のちのEF80開発の試作車のようなものだった。
写真のED92の後ろには、碓氷新線用のEF62が写っている。
残念なのは、ブレていることだが・・・・。

高崎アリーナ近くでキハ20+17を撮った

1962_7 ごろの一枚。
場所は、現在の高崎アリーナあたりの東側だろうか。
列車は八高線か両毛線のキハ20と17。
背景には、空の車輪が多数留置されている。
このころの気動車の所属は、高崎第一機関区だったか。
このフィルムには、碓氷新線用のEF621も写っているが、粘着運転開始を一年後に控え高崎でも試運転をしていた。

2017年8月16日水曜日

80系3つ窓の湘南電車

50年ほど前のフィルムのデジタル化を再開した。
でも、フィルムによってはカールがひどくて、
フィルムホルダーにうまく収まらず、平面化に難が生じているのがわかった。
そのため、ピントも甘くなり、実用化にはならないものもあった。
1963_7 ごろの撮影の一枚。
80系湘南電車が現在の、高崎線の上り線である高崎機関区脇を通過している。
編成を数えると、12両らしい。
正面3つ窓のこのクハもめずらしいし、左の背後の建物は「日本製粉」の工場で、高崎アリーナの場所だ。
右の高崎機関区には、新鋭のEF62、そしてEF58が写っている(58はトリミングでカットされているが)。

2017年8月13日日曜日

55年前 153系急行「六甲」

なんと55年前の1962_8_17撮影の急行「六甲」。
東京駅13番線で撮影。
153系は、これ以外に高運転台のクハもあった。
さらに、冷房がまだ設置されていないので、窓は全開状態が目立つ。



2017年8月12日土曜日

651系「水上」87号

久しぶりの鉄分補給は、651系「水上」87号。
夏の期間では、5年ぶりとのこと・・・。
2017_8_12 高崎操車場わきの撮影だが、8月13日14日の上りの88号の撮影も可能なダイヤになっている。

そうそう、
第2回の「大人の休日倶楽部JR東日本パス」4日間の利用が3週間後になった。
今度は、奥入瀬サイクリング、SL銀河乗車(遠野)、仏ヶ浦遊覧船、秋田駒ヶ岳登山を計画している。
この季節、台風と縁が深いので、天気に恵まれるといいですね・・・。

2017年8月10日木曜日

八高線でC58+D51の回送を撮った


このところブログのアップを怠けている?
1967_4_30 撮影のこの一枚は、
八高線北藤岡~群馬藤岡間での撮影。
C58+D51の回送だ。
このような回送列車のダイヤは、当時どうして知ったのだろうか。
あるいは、まったくの偶然のシャッターチャンスだったのか・・・。
背景の右側、二階建ての建物は、群馬特有のもので、「養蚕農家づくり」。
家の中、特に2階で蚕を飼い、通風のために小さな屋根が付いているのです。
実は、我が家もかつてはこんな形の家だったのです。
手前には、小麦が育っています。

2017年8月8日火曜日

滝沢の築堤にて

1967_7_16は、東北本線の滝沢へ。
盛岡方向から下りの貨物列車が築堤をやってきた。
D51重連だ。
荷物が多いと、この先沼宮内からもう一両D51が付き、「三重連」となる。
現在は、この路線は付け替えのため、線路は外されている場所だ。

2017年8月2日水曜日

C62さよなら重連ご乗車整理券


「C62さよなら重連ご乗車整理券」 配布のお知らせ。
 8月20日付けで、満員になりました、との追記は入っている。

普通乗車券を買えば、整理券だけで乗車できたようだ。
この列車の運転日は8月27日なので、「乗った」との記憶も写真もないが、
このあと岩見沢に行ってC622を撮影している。
1972_8_20撮影の一枚。

2017年8月1日火曜日

E531系配給

2017_8_1 。8月初めの一鉄はコレ。
E531系の新車の配給列車。
牽引機は、EF641031で、新車や廃車にしばしば使われるカマだ。
ここ高崎線は、まさに「配給街道」の感がある。
長野への廃車も数多いし、新津発の新車も多く、これからも続々輸送されるようだ。
なお、今回の配給では、グリーン車2両を組み込んでいること、
モハのパンタが揚がっていることなど、今までの配給とはチョットちがっていた。
いつもの倉賀野西で撮影。このコマは列車最後部(の写り)が切れてしまった。

107系引退のニュース

107系が9月末で引退するニュースが、新聞で伝えられている。
出どころは、JR東の高崎支社のお知らせだと思うが、ついにその日がやってくる。
この107系は、もとは165系。急行型を通勤型に作り替えたもの。
写真のR1編成は、まだ定期検査後間もないらしい。
そのため、車体もきれいだ。
新聞によると現在、2編成しか運行してないそうだ。
▼2017_5_25 高崎アリーナ脇で撮影した一枚。

2017年7月29日土曜日

EF552とEF551

EF552を高崎第二機関区で撮影。
1965_2 撮影のこの一枚は、第二エンド側からのもの。▼

復活した1号機もかつて高崎第二機関区に配属していたのです。


2017_7_21に再び、EF551に出会いました。
1号機は、鉄道博物館のメイン展示であるターンテーブルに乗っていました。
▲ピカピカに磨かれ、第二の人生?を送っていました。

2017年7月23日日曜日

そして上野駅での一枚

2017_7_21 は、鉄道博物館へ。
3回目になる。
これは、「上野駅のホームを模した一枚」。
急行「まつしま」がホームに停車しているところを再現したのものだ。▼


そして、この一枚は、▼
1968_9_9 撮影の、「はつかり」最終列車が上野に到着した時のもの。
隣のホームには、上越急行「佐渡」が停車している。



2017年7月19日水曜日

「SL碓氷」の最後部

2017_7_16 は、信越線西松井田~横川間へ。
目的は、「SL碓氷」の撮影。
最近、SLが横川方に付いて上り勾配を牽引する編成が少なくなっているが、
これはその編成。
高崎への帰りのため、PP編成になって、最後部にはEF6019がくっ付いている。

この区間は、25パーミルになっているらしく、D51498は喘ぎながら、横川をめざしていた。
ただ、疑問なのだが、この区間、後ろのEF60は「無動力」状態のようだった。


2017年7月15日土曜日

D51三重連

今、振り返ると夢のようなシーンがあった。
D51の三重連だ。
でもこの一枚、盛岡に向かう上りの三重連なので、下り坂。
そのため、蒸機特有の「煙」が出ていない。
それでも、貴重なシーンのひとつには違いない。
1967_7_16 滝沢~長根間の築堤。
やはり、暑い夏であった。


2017年7月12日水曜日

451系 急行「きたかみ」(再掲)

1967_7 ごろ撮影の102M「きたかみ」。
上野駅13番線ホーム。
 この電車は交直両用で、50Hz用の451系で、60Hz用には471系がつくられていました。
この急行列車、当時の時刻表で調べると、盛岡を前日の19時15分に出て、
上野には翌日の5時11分に到着している「夜行列車」なのでした。
ボックス席での夜行は、とてもつらいものがあり、何時間もよく乗っていられましたね。
なお、撮影したカメラは、オリンパスペンでした。


市役所展望ホールより

2017_7_10 の市役所展望ホールからの一枚。
1 正面奥は、旧高崎競馬場で、県が「コンベンション施設」を計画しているので、この景観もあとわずか。
2 左手前の上越新幹線は、E4系。総2階建てで、基本は8両編成。これを2組にして16両の列車もある。JR東日本は、このE4系の引退を最近アナウンスした。この車輛も、これから北陸新幹線用のE7系に代わるとのことだ。