2017年4月30日日曜日

車庫入れを見学しました

2017_4_30の午後、「DL・SL碓氷」の車庫入れを見学。
高崎駅南の電留線に12系客車を留置する様子です。
上り方からD51498+12系客車5輌+DD51895の編成の内、12系を電留線に押し込むのです。
高崎駅に停車した後、DD51を解放し、D51が12系をポイントを目安に引っぱり上げます。
その後ポイントを転換し、D51の推進運転で12系を押し込みます。
12系を解放後、D51が単機で少し離れた高崎車両センター高崎支所に向かいます。
最後に、高崎駅からDD51がやって来て、高崎車両センター高崎支所に向かいます。
この一枚です。▼

写真右に211系の姿が写っています。これは、まだリニューアル前の車体で、
後日、整備されるのでしょう。

新駅は、まだ

わが町に「新駅」設置計画がある。
高崎操車場跡地再開発によるもので、この写真の周辺となっている。
▼八高線の「80周年記念」塗装のキハ112と111のコンビが通過している。
左の建物は、ラスクの「ハラダ」の工場。2017_4_30撮影。

新駅の設置は、いつまで待っても実現されないまま。
一方、両毛線の富田~足利間の新駅は実現するようだが、こちらは一向に見えてこない。
上信電鉄の小さな「佐野のわたし」駅は、比較的実現が早かったようだが・・・。

2017年4月29日土曜日

「後部」を強くアッピール

2017_4_28 付けの「RM 今日の一枚」を見ると、
4月27日に撮影し、投稿した上信電鉄の一枚は、不採用でした。
最近投稿写真のレベルが上がったので、採用は結構難しくなりました。
鉄道写真界にとっては、いいことなのでしょう。
*
2017_4_28 撮影のこの一枚は、「DL・SL YOGISHA」のホームへの送り込みです。
この列車の横川方にはDD51895が牽引しています。
そして、こちら側にくっ付いている?のが、帰りの「SL YOGISHA」用のD51498。
ひときわ目立つのが、「後部反射板」です。
夜間走行だし、通例、こっち向きに走るのが当たり前なので、
こちらは「後部ですよ!」と強くアッピールしているのですね。



2017年4月27日木曜日

上信150形

2017_4_27 は、午後、上信沿線へ。
といっても、いつもの佐野のわたし~根小屋~高崎商科大学前 間でした。
この一枚、上信150形で、クモハ 155と156のペア。
新しく堤防が整備されたことから、6月の水鏡の撮影が楽しみな場所です。
そう、今日撮ったある☆一枚を「RM今日の一枚」に投稿しました。
はたして、採用されるか?な!

2017年4月26日水曜日

少なくなった115系 

「鉄道ファン」6月号に、
今春3月のJRダイヤ改正に際しての車両のうごきが載っていました。
それによると、高崎地区では、211系60輌の運用投入があり、
107系10輌、115系42輌の運用離脱があり、とくに115系は残り27輌となるようです。
*
この一枚は、その115系の残りの3輌ということで、吾妻線からやってきて、車両センターに車庫入りをするところです。2017_4_26 高崎アリーナ脇で撮影。



2017年4月25日火曜日

WRC60周年記念号

ちょっと前の一枚。
2012_12_9 撮影の「早稲田大学鉄道研究会60周年記念号」。
渋川~敷島間で撮影。
ヘッドマークの「WRC」は、早稲田大学の鉄研の略称。




2017年4月24日月曜日

自宅2階から 2

1967_5 ごろの一枚。
八高線向けだろうか、C58+D51が牽引する貨物列車が通過している。
本務機のD51のほうは、木々に隠れているが・・・。
居ながらにして「撮り鉄」ができたのです。
杉の木やシュロもなつかしい。
*
Rail Magazineの6月号、405号が送られてきました。
今回は、「交流電機の30年」に際しての一枚で、
常磐線の平駅でのED75とC62の2ショットで24ページ目に掲載された。
昭和42年、1967年の撮影だった。
C62のさよなら運転と、ED75が走り始める「歴史的」瞬間を収めたものです。

2017年4月22日土曜日

自宅2階から

1967_4_30 ごろの一枚。
自宅2階からの高崎操車場の入れ替えを撮ったもの。
このときはD51だが、9600も使用されていた。
ガッタンゴットンと行ったり来たりして、騒音としか聞こえなかった。
その後、無煙化され機関車はDE11に変わったが、
1984年2月のダイヤ改正でヤード方式の高崎操車場は廃止された。
この画面、ピントの甘い「夢」のなかの画像のようだ・・・。
遠くには、消防団の火の見や長いVHFのTVアンテナが見える。


2017年4月21日金曜日

「真四角」のカット

この一枚、2017_4_20 撮影の651系草津号。着目点は、「真四角」のトリミングです。
朝日新聞に出ていたのですが、この「真四角」が最近の流行のようです。
列車の編成輌数やカーブから見て、いいカットだと思います。
なお、この撮影地、当地の撮り鉄にとって、人気の「聖地(お立ち台)」になる予感がします。


2017年4月20日木曜日

D51 498、DE11に牽引されて・・・

2017_4_20 は、いつもは聞こえないSLの「汽笛」が・・・。
新しいお立ち台の高崎アリーナ周辺に行ってみました。
・・・やって来ました→DE11に牽引されたD51498です。
駅の北の方向からやってきたのですが、どこで何をしていたのは不明です。
*
そう、そう、鉄道趣味誌「鉄道ファン6月号」が届きました。
今回は、「3月4日のダイヤ改正にともなう、JR東日本の車両の動き」に注目しました。

毎号、読み応えのあるいい本ですね。

2017年4月19日水曜日

後部補機

「特定保健指導」を受けている。
その保健指導の一つの目安として、
万歩計の数値があるが、昨日(2017_4_18)出かけた際に、紛失してしまったのです。
そこで、交番に紛失届を出し、見つかることを願いましたが・・・・。
*
1968_5_5 は、東北本線の沼宮内に行っていました。
この年、昭和43年の秋、東北本線の盛岡以北が電化し、
蒸気機関車は、廃止されるということです。
この一枚、その沼宮内を発車したD51の後部補機のようすで、
この列車の盛岡方には、D51の重連がこのコンテナ貨車を牽引していました。
なんと、この貨物列車は、3輌のD51で引っぱったり、押したりしていたのです。




2017年4月17日月曜日

E235系を撮らず「水仙の里」へ・・・

2017_4_17 午後は、東吾妻町「水仙の里」へ・・・。
2度目の訪問でしたが、サクラと水仙の同時開花が見られました。
桜もまだ散らず、水仙も満開?でした。
今日は、E235系の新津配給があったのですが、パスしました。
今回のは、第2編成らしいので、これからもつぎつぎと撮影チャンスはあるはずとみました。


2017年4月16日日曜日

妙義山麓を行く「EL碓氷」

2017_4_16 は、信越本線の西松井田~横川へ。
まずここでねらったのは「EL碓氷」。
そして、復路の「SL碓氷」は、安中でねらいました。
ここでの桜は、少しちりはじめていましたので、「桜吹雪」が見られました。
でも、列車通過時には、ダメでした。
この一枚、EF6019牽引の「EL碓氷」。
正面の山は、「妙義山」。この山の頂上からの俯瞰が絶景のようです。
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ここ、横川は「裏妙義」のふもとなのです。
 動画からの切り出し画像▲

2017年4月15日土曜日

上信沿線の桜

今年は桜の開花~散はじめになるまでが遅く、
2017_4_15 の今日でもまだ「満開」状態。
高崎商科大学前~山名間へバイクで出かけました。
桜の花越しをねらいました。
でも、この一枚は、花の数が少な目でしたが・・・。

2017年4月14日金曜日

もう一つ鶴見線の駅で

2017_4_13 の鶴見線の探訪。
もう一枚は、コレ。
浜川崎駅に進入する205系。
白昼の鶴見線のお客は、ごくわずか。
周りが工場地帯だから、と納得。
カラーからモノクロームに変換すると、いっそうローカル線らしい。

ネコのいる駅

2017_4_13 は、鶴見線の扇町へ。
ネコのいる駅だ。
神奈川のローカル線として、雰囲気のある路線だった。
支線もあり、海べりの「海芝浦」駅も印象的でした。

2017年4月11日火曜日

SFのケーブルカー

2007_12_24のサンフランシスコでの一枚。
坂の多い都市なので、ケーブルカーが発達したわけですね。
線路(道路)の真ん中にケーブルの通っている溝が埋まっていて、
この電車?がケーブルをつかんで坂を登り降りするわけです。
撮影からもう10年も経ちます。

CALIFORNIAのSL

今日のはいつもと違ったもの。
2007_12_24 撮影のカリフォルニア州の鉄道博物館での一枚。
1873年製の「EMPIRE」№13号機。
軸配置は1+C+0のテンダー形。
動輪などが見事に磨きこまれている。
かつて走っていたのはVIRGINIA&TRUCKEE RAILROAD。

そうそう、2月から市役所健康課の「特定保健指導」を受けていますが、今日、2017_4_10朝の体重は、62.5キロまで下がりました。目標まで、あと500グラムです。

2017年4月9日日曜日

この角度からのD51 498

2017_4_8 の一枚をもうひとつ。
今まで撮れなかった角度です。
「高崎アリーナ」からのD51 498の高崎駅入線前の一コマ。
高崎機関区からの回送線を通過して、ここで、「一旦停止」します。
ややあって、入れ替え信号により、駅北方まで進行していきました。
すばらしい撮影地-お立ち台の誕生をうれしく思います。


2017年4月8日土曜日

「EL&SLみなかみ号」高崎到着

2017_4_8 は、「EL&SLみなかみ」を撮影。
まずは、上尾への送り込みを一枚①。
次に、上尾からの「ELみなかみ」を②。
そして、「SLみなかみ」をいつものお立ち台で撮影③。
*
この一枚、
②の高崎駅構内でのもので、先頭はEF6019で最後尾はEF65501。
客車は、12系5両。
*
なお、今日午前の高崎線は人身事故で遅れが生じていました。


2017年4月6日木曜日

至福の時 平機関区

1967_4_1 は、常磐線の平機関区へ。
機関区らしさは、この「扇形庫」。
庫によっては、お尻を外に向けるやり方と、正面の場合がある。
ココは、両方で、統一されていないようだ。
写っている機関車のうち、C61 21がある。
もちろん、C62のすがたも・・・・。
この時代を今思い起こすと、撮り鉄にとって、まさに「至福の時」があったのです。

2017年4月4日火曜日

アリーナ周りの新しいお立ち台 

2017_4_4 の午後、「高崎アリーナ」へ。
4月1日にオープンしてからは、初めてです。
高崎線の線路わきなので、それなりにお立ち台があると思って、探しました。
ありました!
この写真のところです。
特に、「DLEL碓氷・SL碓氷」の運転時には、SLが上り方に付いているので、
これと同じように撮れるわけです。
▲これは、EF641001が、高崎駅南部の電留線に12系の伴走車を押し込むところです。
「SL碓氷」 でも、これと同じような入れ替えを行っています。

このアリーナ周り、もっと探せばいいお立ち台がもっと見つかるかも?
▼そう、こんなのもどうですか?





2017年4月3日月曜日

1968年4月3日は、雪の舞う中で・・・

1968_4_3 は、花輪線の龍ケ森に行っている。
沿線の雪は解け始めているが、この日は横殴りの雪が舞っていた。
8620の貨物列車は、 86+貨物+86+86の編成で、三台の機関車が牽引・押し上げている。
この一枚は、後追いの二両の86を撮ったものだ。
カメラのせいか、腕のせいか、ココでの撮影は何コマもピンボケになっている。
せっかくの撮影チャンスを生かせないことが多かった日々。

2017年4月2日日曜日

横川の桜は「まだ」でした

2017_4_2 は、良い天気。
そこで、横川へ・・・。
桜はまだでしたが、梅は満開。
お目当ては、「SLレトロ碓氷」の横川到着の撮影ですが、
この一枚は、その前後もので、211系4連。
今や、カボチャ色の115系は見かけず、このリニューアル211系に置き換わっているようです。
画面右下が、満開の梅。
奥の大きな建物は「峠の釜めし」のおぎのやさんです。




2017年4月1日土曜日

E2系最終運行 その2

2017_3_31 のE2系「あさま656号」。
動画からの切り出し画像で、
E2Asamaのステッカーが付いていたのは、このN13編成。
その後やってきたE2系上り最終のN5編成「あさま658号」には、
このステッカーはありませんでした。
いずれにしても、このステッカーも、もう見られないということになります。
*
昨日の高崎駅14番線でインタビューを受けたことが、記事になっていました。
2017_4_1 付けのJ新聞の社会面です。

実名で新聞に載ったのは、かつての甲子園応援に際しての記事以来のこと・・・。