1967_3_28 は、東北本線奥中山へ。
ここは吉谷地のカーブ。
下り坂。
SL写真は、登り坂が定番であるが、このような下り坂は撮影が難しい。
「ヨンサントウ」のダイヤ改正実施まで、あと1年半に迫っていた。
はじめてカメラを手にしたのは、父親から買ってもらった富士フィルムの「ペット35」。小学6年生だった。その1960年代のはじめから撮り貯めた、とっておきの思い出鉄道写真と、今もバリバリ撮り続けている鉄道写真をエピソードと共に紹介します。
2018年2月20日火曜日
2018年2月19日月曜日
115系に集まる人々
2018_2_18 の高崎駅8番線ホーム。
水上から折り返して到着し、回送を待つ115系738M。
最後の115系を撮影するために集まる人々が5、6人。
これから益々増えるのでしょう。
115系の活躍と運行終了に際して、イラストを募集していました。
高崎駅構内に置かれた応募の箱です。
水上から折り返して到着し、回送を待つ115系738M。
最後の115系を撮影するために集まる人々が5、6人。
これから益々増えるのでしょう。
115系の活躍と運行終了に際して、イラストを募集していました。
高崎駅構内に置かれた応募の箱です。
2018年2月16日金曜日
かなりんの「DD603」
2018_2_15 は、川崎へ
これは「神奈川臨港鉄道(かなりん)」のDD60形の3号機。
川崎貨物駅近くの跨線橋からの一枚です。
JR以外のディーゼル機関車には縁が無く、とても珍しく思いました。
この跨線橋からの眺めを見て、地元の「高崎操車場」を思い浮かべました。
これは「神奈川臨港鉄道(かなりん)」のDD60形の3号機。
川崎貨物駅近くの跨線橋からの一枚です。
JR以外のディーゼル機関車には縁が無く、とても珍しく思いました。
この跨線橋からの眺めを見て、地元の「高崎操車場」を思い浮かべました。
115系を撮影中の「鉄子さん」発見
2018_2_15 は、高崎駅へ。
115系電車が集中的に撮れる時間帯でした。
ホームでは、最後の115系を撮影する姿がめだちました。
これもその一つ。
若い女性の鉄道ファン?が撮影していました。
こちらの全国紙の地方版にも、115系の引退が報じられたせいでしょうか。
それにしても、残すところあと、1か月。
高崎地区から115系「カボチャ電車」が消えていく。
115系電車が集中的に撮れる時間帯でした。
ホームでは、最後の115系を撮影する姿がめだちました。
これもその一つ。
若い女性の鉄道ファン?が撮影していました。
こちらの全国紙の地方版にも、115系の引退が報じられたせいでしょうか。
それにしても、残すところあと、1か月。
高崎地区から115系「カボチャ電車」が消えていく。
2018年2月13日火曜日
2018年2月7日水曜日
「さよなら」せまる115系
2018_2_7 も「115系」を追っかけ。
駅北西で「10時24分発の水上行」を待ちました。
6番線を少し遅れて発車しました。
逆光なので、いい色がでません。
通過後振り返り、北方向にレンズを向けると順光でしたが・・・。
あと、1か月ほどで、「さよなら」をする115系近郊型です。
駅北西で「10時24分発の水上行」を待ちました。
6番線を少し遅れて発車しました。
逆光なので、いい色がでません。
通過後振り返り、北方向にレンズを向けると順光でしたが・・・。
あと、1か月ほどで、「さよなら」をする115系近郊型です。
2018年2月6日火曜日
「わが国鉄時代vol19」発売
2018_2_6 は、115系撮影に。
いよいよ、高崎地区の115系が引退。
いつもの、アリーナ脇で・・・。
この一枚、水上から戻ってきた115系6連です。
そうそう、「わが国鉄時代vol19」が発売になりました。
今号にも、わたしの写真が数枚掲載されています。
たとえば、小沢で撮影したC62重連ニセコの発車シーンや沼宮内を発車するD51三重連などです。
いよいよ、高崎地区の115系が引退。
いつもの、アリーナ脇で・・・。
この一枚、水上から戻ってきた115系6連です。
そうそう、「わが国鉄時代vol19」が発売になりました。
今号にも、わたしの写真が数枚掲載されています。
たとえば、小沢で撮影したC62重連ニセコの発車シーンや沼宮内を発車するD51三重連などです。
2018年2月4日日曜日
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